総体としての価値
芸術は知性を感じさせるも、それよりも下層と思われている部分へと訴求する。
このことを、我々が知性を感じるよりも早く、芸術を感じる能力を発達させたためだと仮定する。

現代の一般的な進化論がそうであるように、生物が目的に適した進化を遂げているとするならば、
さらに、生物学的に遺伝子を保存するということ以外に目的があるとするならば、
総体としての人類の目標とは、芸術の発展である。

さらに、この知性が芸術から発展したものだという考えを別の視点から捉えるなら、
知性とは意図せずとも、根本に芸術性を備えたものであるということが言え、
逆に芸術性が備わっていないものは知性では無いということになる。



最近は休みのたびに、アルコールを摂取中。
つまり、今もそうなわけです。
こんなことが思えてしまうのも、アルコールによって知性が飛び、より"下等な芸術を感じる能力"が開放されているが故でしょうか。

いずれにしても、そのように考えることは何気なく、くだらない情景を彩るには十分なようで。
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by nothing_but_movie | 2004-09-23 01:02 | 雑記
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