やりすぎにやりすぎを捧げ
a0008075_1922340.jpg2005/1/2 シネマライズ



「Super Size Me」(「スーパーサイズ・ミー」)
(2004米)

監督/脚本/出演:モーガン・スパーロック



それにしてもよくやったなぁと言うのが正直なところ、先日も書きましたがなんにしても適当さというのが大切なわけで、何でも過ぎれば毒になるわけです。従ってこのような胡散臭いものも徹底的にやりすぎれば毒となって毒を制するといったところでしょうか。別にこの映画を批判したり、マックを擁護しているつもりではないのですが、まぁ極論もここに極まれりと言ったところでしょうか。


劇中確か週1回以上利用するのが"ヘビーユーザ"、週3回以上が"何たら"ユーザと言う扱いになっているとか何とか言うくだりがあったかと思いますが、これに倣えば、1日3食、1ヶ月間通い詰めた彼は何になるのでしょうか。単純に考えれば、"ヘビー"の21倍、"何たら"の7倍は利用しているわけで、これはいくらなんでもアレなわけです。

そういえば私が卒業研究を行っていた時同じくして、アガリクス茸が持つ物質の抗癌作用を研究していた同期がいたように思いますが、彼の成果によるとアガリクス茸の有効成分は生のアガリクス茸から取ろうと思ったら、体重の数十倍(数百だったかしらん)を1日に食べなければ効果が無いとかそんなことを申していたような記憶があります。実験自体はもちろんマウスを用いていましたが、この結果をそのまま人間に適用するなら、一般家庭で料理に使う程度では全く埒があかない量なわけです。にもかかわらずスーパーなどでは抗癌作用を謳っていた気がしますから全く何のことやらといった感じです。つまり、これと同じようなことをこの作品もやっているわけで、これが示す有害性に信憑性というものがあるのかどうかはかなり疑わしいわけです。仮に有害性が認められたとしても、社会一般的に容認されうる範囲内かもしれないという検証は間違いなく欠けており、要はこの話は話半分程度、もしかしたら21分の1程度で聞いた方が良いかもしれないのです。

しかし、其れを差し引いても余りあるのがこの作品のテンポの良さであり、状況設定であるなと感心していたところ、小耳に挟んだのですがこの監督はどうやら専らCMを撮っているのだとか。なるほど、手法はほぼ同じではあるけれども、全く間逆の効果を引き出しています。裁判所や医師などの威光を借りたり、"仕様前→使用後"を見せることはよく見かけますし、比較的短めにシーンを分ける手法などは飽きられたら終わりの長時間のTVショッピングの構成に酷似していて、まさに良く深夜にやっているそれのようです。

まぁそんなこんなで、全体に妙な"胡散臭さ"を漂わせているこの作品は、つまりマックを単純に叩きたいわけでは無くて、現代に構造的に存在する問題への警笛なわけです。しかし話のバカらしさのおかげで肩の力を抜いて非常に気楽に観れてしまい、やっていることも単純ですから言いたいことが入って来やすく、残りやすいわけです。また、"胡散臭い"とは言っても、そもそも映画などというものは全て演技という、厳密に言えば"嘘"や"虚飾"という"胡散"そのもので構成されているわけですから、そう考えれば21倍だろうが、他の食品と比較していなかろうが、主題を伝えるための手段と考えれば映画としては一向にかまわないわけで、やりたいことをやりきり、其れによって伝えたいことを伝えきったこの作品は成功なのです。

マックに限らず全ての商品に存在する企業責任と自己責任の境目、企業が持つべきモラル、個人が持つべき危機感と自己管理。これらへ自然と目を向けさせてくれるこの作品は上手いなぁと素直に感心でき、そして面白いなと。あと、なんと言ってもやりすぎな商品に対して、大真面目な批判映画ではなくて、やりすぎな映画をあえてぶつけるあたりが小洒落てるなと。


どうでも良いことですが、ひげ面の医師は捕まった時の某国大統領に似ている気がするのですが、気のせいでしょうか。
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by nothing_but_movie | 2005-01-06 19:08 | Movie(S)
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