諦めという名の未来において
a0008075_0402592.jpg2005/5/15東劇



「Butterfly Effect, the 」
(「バタフライ・エフェクト」)
(2004米)

監督・脚本:エリック・ブレス 、J・マッキー・グルーバー
出演:アシュトン・カッチャー 、エイミー・スマート 、ウィリアム・リー・スコット 、エルデン・ヘンソン 、メローラ・ウォルターズ




所謂時間ものの良作がなかなか無いのはやはりその整合性を得ることの難しさに起因するのでしょう。その難しさを克服していたかどうかは良く覚えていませんが、作品として非常にインパクトがあり記憶に残っているのがゼメキスの「Back to・・・」、そしてあえてもう一つあげるとするならTNGテレビシリーズの最終話でしょう。まぁ後者については昨年あたりに公開された「STX」が見事にこの秀作を無視した話を展開してくれましたが。

この作品について言えば、難しさの克服と言う点では多少なりとも粗はあるわけですが、しかしそれを気にさせない作品の展開には非常に目を見張るものがありました。これ程作品にひきつけられたのは久しぶりなのではないかと。良く観れば製作陣は非常に豪華。個人的に評価の高い人たちが監督の周囲を固めているようで、妙に納得してしまう感じです。


この作品の根底に流れているのは、"時間を支える記憶"、あるいは"記憶によって成立する時間の流れ"すなわち、記憶という脳機能そのものが時間の流れをつかさどっているという考え。なるほど確かに時間軸に沿った空間の認識という機能が備わっているからこそ時間の概念は生まれるわけで、もし認識されていない時間すなわち失われた記憶があればそれをどうしようと、認識機能に依存するわけです。とはいえやはり人間は空間にも支配されているわけで、それがゆえに時間旅行は制限を受けざるを得ないのです。その結果、精神的な時間旅行はいともたやすく可能ですが、それは空間から切り離されており、その旅先で何をしようとも実空間に影響を与えることが無く、つまり所謂空想、あるいは回顧や懐古になってしまうのです。

この作品で空間を伴う時間旅行が可能になった彼が当初とった行動は"回顧"による未来の改変。ところがその目論見は上手くいかず、次第に"未来"への"懐古"的な思いを元にした過去への"回顧"へと、本来人がとるべき行動とは完全に逆の変遷を示します。つまり彼の視線は次第に未来へではなく、過ぎ去った過去に集中していくのです。しかしそれもどうにも上手くいかず、最終的に残された選択肢は、決別と言う名の彼女への思いだけだったわけで、それには諦めと犠牲と言う言葉が見事に当てはまるのですが、それこそが彼の時間を未来へと進める決定的な要素となっているあたりが、当たり前の帰着ではありますが皮肉であり、非情であるなと。

皮肉あるいは非常であろうともそれこそが人間に与えられた唯一の選択であり、現実なので、仕方がないと言えばそれまでなのですが、もしこの"非情で皮肉な現実"を変えようとするなら、その手段は記憶の保持と言う機能そのものの廃棄しかなく、それこそ無味乾燥であろうなと。あるいは少し前に上映されていた「エターナル・・・」のような方法もあるかとは思いますが、それはそれでまた未練がましく、滑稽だったりしてどうにも始末に悪いように思われます。つまり記憶は傷をつくる場合も確かにありますが、それにも増して成長や進歩をもたらしてくれるものとして我々に備わっているということでしょうか。これもまた当たり前の帰着ですが。


人一人が持つにはあまりにも長く永遠ともいえるような過去と、可能性としての未来の記憶、それに大きな思いと苦渋の決断を封入した頭蓋を戴き、諦めという名の未来を生きる彼。偶然彼女を見つけることで再び時間の流れは変わろうとするかに見える。しかしながら流されることなく、決断を覆すことなく、その大きな思いを胸に彼は彼女の背中を見送る。そして彼女とは間逆に、遠ざかるように前へと進む。あまりに象徴的で印象的であり、さらに非常に感傷的。しかし"諦め"から導かれた未来でありながら寸分も悲観的ではないシーンでこの作品は幕を閉じるのです。
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by nothing_but_movie | 2005-05-24 00:47 | Movie(B)
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