2004年 11月 09日 ( 1 )
くるくると日が廻り

「ビハインド・ザ・サン」



朝は一般的な時間に出社して、夜は遅くに帰ってくるという生活を此処のところ毎日過ごしているおかげで此処のところ平日は、プライベート等といえる時間は飯を喰って寝るほどしかなく、そのせいか毎日飛ぶように時間が過ぎて行きます。時間が経過しているのは確かですが、それが私にとってそれが本来持ちえる価値のどれほどを与えているかという事を考えると、本質的にはほとんど時間が経っていないのと同じような、そんな感じもします。つまりどういう状態かというと、同じところを延々とくるくる回っている状態、というのがこの状況を表すのに最も適しているというか、安易というか。

先日見た「ビハインド・ザ・サン」は人生や人間の世界そのものを全て円運動になぞらえ描写していました。サトウキビを搾る人々、殺しの循環の中で生きる人々、町を回るサーカス。つまり円運動こそ人の世界そのものであり、毎日違うことをしているようで、同じところをぐるぐる回るのが人生というものの本質というわけです。
サーカスの女がよじ登った綱を男が延々と回すシーンがありましたが、彼はまだ日の高いうちからその綱を回し始め、日が沈むまで回し続けていたと思うのですが、この時間の経過に関する描写が私の見間違いや勘違いでないのだとすると、このシーンは人の一生涯を象徴するシーンでしょう。傍から見れば滑稽で馬鹿らしいことを延々と繰り返し、其れでもそれをやっている当事者たちは、そんな中にささやかな楽しさを見つけ、とり付かれたように延々と続けてしまう。そうこうしているうちに、高かった日は傾き、一生が終わってしまうと。この人生についての解釈を肯定的に捕らえるか、否定的に捕らえるかは個人の自由として、しかしあえて指摘するなら男は恐らく前者で、そのため家に戻るという選択に至ったのでしょう。

私の今の状態も正にこんな感じで、つまりあっという間に私の人生の日も傾いてしまうというわけです。そして映画とは違って、間違っても私の身代わりとなり、私をその円環から離別させてくれる人は居ません。
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by nothing_but_movie | 2004-11-09 23:59 | Movie(B)