カテゴリ:Movie(O)( 4 )
水面の下の意識
a0008075_22435098.jpg2005/6/25 シネクイント



「Open Water」(「オープン・ウォーター」)
(2003年アメリカ)


監督・脚本:クリス・ケンティス
出演:ブランチャード・ライアン、ダニエル・トラヴィス、ソウル・スタイン、エステル・ラウ、マイケル・E・ウィリアムソン




家族連れできていた何処ぞのオジサンが帰りのエレベーターでやたらでかい声で「船からはぐれたらまずボンベを捨てて、スーツに空気を入れて仰向けになって浮かぶんだ。だから最後にボンベを捨てたあの映画はおかしい。」と家族に自慢気に言うと。「お父さんよくそんな事知っているねー」と娘。母親はその横で微笑んでいて、典型的な"幸せな家族"だなぁなんて思ったり。で、その典型的な"幸せな家族"を支えているだろう"幸せな"父親の言った事を、あのような状況に陥るようなこと自体やらない私ですが、念のため覚えておこうかなと思いました。非常に有意義な知識ですからね。

てのは半分は実話、半分は皮肉(「あのような状況に…」あたりから)なのですが、このような自分が常に価値のある人間であり、誰かから常にかまわれていないと気のすまないような性質の"幸せな"オジサンにとって、これは唯の海難事故にしか見えなかったことでしょう。しかし、この作品で描いているものは携帯やネットで常に誰かと繋がっていないと不安になってしまうような現代人の潜在的なそれ。常に家族に囲まれていないと不安になるオジサンのそれ。つまりは自分が誰からも注目されないどころか、存在すら認識されない、そういう孤立や孤独に対して、現代人が潜在的に持つ恐怖について描いたものでしょう。つまりこの作品におけるカメラは、普段意識しない潜在的な意識に焦点を当てていたわけで、表面的な"正しさ"などは何も語っていないに等しいのです。

誰からも省みられることなく、忘れ去られ死んでいくという事故は、しばしば現実に起きており、現代であれば誰もが持っている"潜在的な恐怖"でありながら、あまり語られないのは、その存在自体が意識の中で"忘れられている"がため。忘れられた時点でこの"潜在的な恐怖"は"無い"ものになってしまっているのです。エンドロール時に、カメラを腹の中から見つけた男が、そのことが示す事態に思いが巡らず、嬉々として会話を続ける姿は、この作品の"潜在的な恐怖"がいかに人の頭の中で"無い"ことにされているかを良く現しています。このように人の意識の中で"無い"とされているものは、"無い"のですから基本的に思いが及ぶはずも無く、当然映画にもなりにくい訳ですが、しかしながら本作は、それを見事な着想と、想像力のもと、映像に転化することに成功しているのです。

人の潜在意識はよく水面下の氷山の隠れた部分とか言われますが、この映画の中盤以降ではそれが非常に意識された映像になっていて、つまりそのまま海面より上が意識の世界、下が潜在意識の世界。そしてまた海面より上がわれわれが普段生活しているあたりまえの日常だったり、文明。それに対して下がそれと対極の非日常の世界であり、文明とは間逆の、大昔に進化を止めたサメがいる世界だったりするのです。その設定を律儀に守る恐怖の象徴であるサメは、スピルバーグのそれのようにことさら接近を強調(あの有名な音楽など)したりせず、あくまで水面下を泳ぎ、間違っても海面にザバとは上がってこないのです。同じ視点で見ると、最後に女が水面下へ姿を消すシーンは、潜在意識にある恐怖に飲み込まれたことを現していることになり、サメに食われたことを現したわけではないのです(もしそうであれば俯瞰ではないはずです)。つまり、この作品の主題である"潜在的な恐怖"である、意識上から見えなくなること、つまり"忘れられる"ことを映像的に表現しているのです。

実際にこのような状況に陥った場合、どのように対処するべきかは興味も無いですし、そもそも私には必要がありませんから置いておくとして、劇中の彼らが最後まで、重たいボンベを持っているのに、遭難早々にバラストを捨てたという行為の矛盾は、それらのモノの属性を考えればわかる話。つまりボンベは浮かぶための空気が詰まっているものであり、また、文明とは無縁の海上において唯一文明を感じ、そこへの回帰を予感させるものであるのに対して、バラストは海へ沈むためのもの、つまり潜在意識の中の恐怖へ彼らを引きずり込むものであって、文明への回帰を切望する彼らにとっては正反対のものであったりするからなのです。従って、彼等は最初にバラストを、最後に諦めから、文明との接点であるボンベを捨てるわけで、これは完全な映画的表現。間違っても重さの問題ではないのです。

彼らは最終的には恐怖の象徴であるサメの腹の中に納まり、文字通り恐怖に飲まれるという結末を迎えるのですが、エンドロールではそのサメの腹の中から"カメラ"が出てきます。恐らくこれは"潜在的な恐怖"を写したこの"映画"の象徴だったりします。しかし、その"カメラ"を見つけた男は嬉々としているだけで全く恐怖しない。これは前述のように"潜在的な恐怖"を忘れていてこの事実の裏に隠れている簡単な事件に意識が及んでいないことを示しているのですが、今思えば、このことはまるでこの"映画"を見ても全くその恐怖の本質を理解していないエレベーターのオジサンの反応を予見したものとも言えて、上手いまとめ方だなと感心。

とりあえずサンダンス受けするつくりなのは確かで、今年見ておくべき作品。と、言いつつもとっくの昔に東京のスクリーンからは姿を消してしまっていたり。それ以外の地域ではまだやっているような気がしますので、良ければ。と、此処までネタバレさせた後で言ってみたり。


ビールで丹精こめて作り上げられたその腹は、スーツに空気なんか入れなくても、十分海に浮きますよ。
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by nothing_but_movie | 2005-09-01 23:20 | Movie(O)
見えない意図の出所
a0008075_1152195.jpg2005/6/18 シネセゾン渋谷


「One Point O」(「1.0 【ワン・ポイント・オー】」)
(2004アメリカ/ルーマニア/アイスランド)


監督・脚本:ジェフ・レンフロー、マーテン・トーソン
出演:ジェレミー・シスト 、デボラ・カーラ・アンガー 、ウド・キア 、ランス・ヘンリクセン 、ユージン・バード



勘の良い人ならかなり早い段階でナノマシンの目的がわかるのでは無いでしょうかね。私はエレベーターでのあの男の台詞で「なるほど」と関心のあまり深々とと頷いたりして、隣にいた連れに変な目で見られてしまいました。それにしてもこの作品、近年ではずば抜けて独創的な着想ではないでしょうか。ナノテクノロジーは近年話題になりつつありますが、同じように話題になっているバイオテクノロジーよりも目に見えないからかどうかは知りませんがあまり映画のネタには用いられていませんでしたが、この作品は上手くナノテクノロジーを恐怖の対象として描いています。そしてまた、その恐怖の仕掛け人がなんとも絶妙ですね。


知らないうちに、他人の思うままに半強制的に操られる恐怖と、気づいていながら逃れられない恐怖。それをこの作品は上手く描いているわけですが、これは何も近未来の話ではなく今もある話。まぁ真偽は定かではないですが「サブリミナル効果」などが比較的この作品の意図する恐怖と近いのでは。そしてそこまで極端ではないにせよ、ある程度既に現代の人間はこの作品で描かれている状況に近いのではないでしょうか。


序盤の無機質な画では尾行者や不穏な音を入れることで無機質な中に"見えない意図"を描くことに成功しており、作品の方向性を上手く明示するとともに、得体の知れない気持ち悪さを感じさせることに成功しています。色使いや描き方は全く違いますが、ソダーバーグの「ソラリス」に通じるものを感じますね。

何よりもこの作品で面白いのはやはりラブシーンの初めに男女が交わす台詞。お互い愛していないのにラブシーンを演じてしまう彼等の姿はハリウッドのお決まりのパターンにあてつけた皮肉そのもの。この作品のテーマを上手くウィットに転化していて笑いそうになりましたが、周囲はそんな様子も無いので噛殺す破目に。話的には全く重要でないにも関わらず、ほとんど必ずラブシーンが入るというハリウッドの定番パターンから逃れられない彼等は、このストーリーの恐怖の正体とはまた別の"意図"に操られているわけで、しかしそれに気付いてもやめることが出来ない彼等の悲しさと、その抵抗の意思をその"意図"の持ち主、すなわちこの定番を築いてきたハリウッドとそれを容認あるいは歓迎してきた私たちに向けて台詞で示したのですから、これは明らかに笑いを狙ったところですよ。あ、どうでもよいですか。


無理に全てを説明しようとしてその懐を全て明かしてしまう作品よりも、しっかりバックグラウンドを構想しつつもそれら全てを描ききらず、切りっ放しのようにデザイン性を意図した未消化部分を、意図的に潔く残したこの作品は非常に好印象ですね。もっと多くの映画館で公開しても良い作品だとは思いますが、これまた渋谷の1館だけでしかもレイトのみと非常にもったいない感じです。とにかくサスペンスというかスリラーでは久しぶりに手放しで褒めれる作品。想像力を掻き立てるというか、余韻を楽しめるというか、「SAW」を見た後に感じる「だから何?」感が無いのは其れなりの主張というか、問題提起がしっかりあるからでしょうね。この監督の次回作に期待ですね。
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by nothing_but_movie | 2005-06-23 01:35 | Movie(O)
2本目は土曜の昼間に六本木にて。
2005/1/15 VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ

「Ocean's Twelve」(「オーシャンズ12」)
(2004年 米)

監督:スティーヴン・ソダーバーグ
脚本:ジョージ・ノルフィ
音楽:デヴィッド・ホームズ
出演:ジョージ・クルーニー 、ブラッド・ピット 、ジュリア・ロバーツ 、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ 、アンディ・ガルシア


相変わらず音楽はよい感じでしたが、服や小物や映像自体なんかは前作の方が勝っていたような気が。そしてストーリーはなんともやっつけで比較になりません。途中にいくつかある子ネタくらいしか面白いと思えない有様。とりあえず、仲の良いやつを集めて、適当にお遊びで作ってみましたといった印象。本来なら私蔵フィルムとなるべきだなというのが思うところ。今からでも遅くないので、死蔵しておいたほうがよさそうですよ。ソダーバーグ氏。
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by nothing_but_movie | 2005-01-18 18:22 | Movie(O)
蛇足の後付に
2004/11/21 アミューズCQN



「OLD BOY」
(2003年 韓国)
監督:パク・チャヌク
原作:土屋ガロン 、嶺岸信明
出演:チェ・ミンシク 、ユ・ジテ 、カン・ヘジョン


平凡な人生を送っていた男がある日突然拉致され、小さな部屋に15年監禁される。理由も分からぬまま続いた15年もの歳月は、始まりと同じようにある日突然終わりを告げる。男は復讐を誓うとともに、監禁された理由を解き明かすため奔走する。

演技も音楽も映像もストーリーも見事に作りこまれ、高い完成度と全体の調和を持った作品。この点は評価しなくてはいけないし、これだけでも一見の価値はあるかもしれない。
そしてテーマとして、愛情とか性とかいうものと、それとは本来存在する階層の違う、所謂社会理念を一体として捕らえる現代に対して疑問と、それに対するひとつの違った方向性を描こうとしたその姿勢も、あるいは評価してもいいのかもしれない。

が、しかしインパクトがあるように見えても実際は使い古されたテーマであり、結末も驚くに値しない。むしろ蛇足である。また、全体のあらすじレベルでは完成されている様に見えるストーリーも、中身を開いてみればなんとも滑稽で危うく、胡散臭いモノであることが分かる。

別に最後の「選択」そのものが胡散臭いとか滑稽とか言っているわけではない。「それ」はそもそも利己的なモノで、倫理に縛られず「それ」を維持するという選択は、程度の差こそあれ日常的に行われていることであり、そういう意味で、この「選択」自体を否定する理由は全く無い。
注目するべきはその選択を行うまでの過程であり、動機であり、そしてその「選択」を実現しうる手法である。しかしそれらは胡散臭い方法か、描ききれていないかのどちらかである。テーマのインパクトに気圧されて気付きにくいかもしれないがこれは確かである。肝心な部分が等閑にされていて、上っ面の表面的な話になっている。

総じて言うなら、インパクトと新鮮味があるのは冒頭部のみで、後はいかに上手く2時間の話にまとめるか、それだけに注力したような作品。「テーマは後付でした」といわれてもさほど驚かないつくり。しかもその後付のテーマに対する答えと思しきものを入れるがため、最後に救いようが無い蛇足なシーンを入れてしまた大変残念な作品。

完全な駄作ではないだけに残念である。
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by nothing_but_movie | 2004-11-24 23:59 | Movie(O)