カテゴリ:Movie(W)( 3 )
宇宙人にヒトを見て
a0008075_285488.jpg2005/7/2 VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ



「War of the worlds」(「宇宙戦争」)
(2005年アメリカ)
監督:スティーヴン・スピルバーグ
原作:H・G・ウェルズ
出演:トム・クルーズ、ダコタ・ファニング、ティム・ロビンス、ジャスティン・チャットウィン、ミランダ・オットー



今更こんなことを書いても目新しくも何でも無いとは思うのですが、宇宙人と微生物は、アメリカとイラクであり、そしてそのままヒトとそれ以外ですかね。911を意識した描写は直接的過ぎるくらいでしたから、そういった月並な解釈は恐らくそこらへんに溢れていると思いますし、見た直後にも少し触れたので、取り立ててこれ以上書く気はないのですが、というよりも、この作品で何より歓迎すべきなのはスピルバーグが一昔前の彼のような作品を撮ったということ。久しぶりに見た彼のパニックの描写は現実的な感覚を抱かせるにも関わらず、どこか非現実的。つまりサメから逃げるのに砂浜でも走るといった、ありそうでいながらどこかおかしい描写。しかしよく考えるとパニックとはそういうもので、それをよくわかっているからこそ描ける情景であり、そういう現実と非現実の間にある溝の表現が彼のセンスであり才能であるなと改めて感じました。

で、そういえばこういう映画は前にも見たなと思い起されるのは、私は非常に好きですが世間一般には悪評高いシャマランの「サイン」であったりするのですが、これが「ID4」のように必死に派手な戦いを繰り広げる好戦的な人たちを中心におかず、一つの家族の家族愛と信仰心を、つまりはいずれも目に見えないにも関わらず、何故か人がすがりついてしまう、そういうモノを見事に描き出したように、この作品も家族の絆を描き出しているのですが、私の記憶が確かなら、スピルバーグは家族の絆とはつまり血のつながりのある子供であるといいたげな終わらせ方をしましたね。まぁ既に虚覚えなので定かではありませんが。そしてその繋がりを守るために父親は自らを貶めていくわけですが、ここら辺の描写はわりとあっさりと描かれていましたが、本質的には重たいわけで、つまり、人間の家族愛は裏返せば人間の非情さでもあり、恐怖の本質というか残酷さの根源でもあるということを反論の余地が無いほどの偶然性と、必然性のもと、誰もが常識として疑わないことのように淡々と描いていくわけで、こういう点がこの作品の恐ろしさの演出の根本にあったような気がします。

この作品に批判が集中するとすればあの戦争の終焉をもたらした原因についてだと思うのですが、しかし少し考えれば分かるように、これを批判する行為こそこの劇中の"宇宙人"と同じ思考を共有していることの証明。つまり端的に言えば、自己の能力の過信と、高慢な視点による、些細なものを見落とす可能性の否定。そして何よりそういった人たちが勘違いしているのが、微生物や細菌などの存在を知っているだけで完全な対策や対応が可能だと思っていること。そんなことが可能なら今の日本においても普通の人が耳にするようなそれらが原因の疾病は無くなるはずなのですがね。というより、そもそもそういう疾病自体発生しないと思うのですが。「否、ヒトの世界は別としてトライポッドみたいな兵器を100万年も前から作れる科学力があるのに・・・」という反論も聞こえてきそうですが、兵器の進歩と生物や生命に関する研究に相関はほとんど無く、現にヒトを見ても分かるように破壊先行で進むのが慣わし。生物や生命は壊せても造れないわけで、現物が手元に無ければワクチンも何もあったもんじゃありませんよ。あとは、宇宙人の目的でしょうか。しかしそれも戦争の目的なんて戦っている人間ですらわからないのだから、一般人が知る由も無いことは言うまでも無いことです。まぁこんなとこでしょうか。


で、個人的にどうしても気になったのが世間では割と評判の良いらしいあの子役。あれは演技とは言わないと思うのですが。唯気分が悪くなるだけでしたね。それと邦題。「宇宙戦争」に拘る必要は全く無かったのでは。
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by nothing_but_movie | 2005-07-21 02:19 | Movie(W)
作り笑いの奥に
a0008075_0481736.jpg2005/05/05 シネ・アミューズ イースト/ウエスト


「Whiskey」(「ウィスキー」)
(2004ウルグアイ/アルゼンチン/ドイツ/スペイン)



監督:フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール
脚本:フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール、ゴンサロ・デルガド・ガリアーナ
出演:アンドレス・パソス 、ミレージャ・パスクアル 、ホルヘ・ボラーニ 、ダニエル・エンドレール 、アナ・カッツ



小気味良いリズムを作り出しているのは何よりも朝のシーンの繰り返しによるところが非常に大きいとは思うのですが、この作品で意識されているのはやはり左右対称による"対"の強調。"対"は見方を変えれば"繰り返し"の最小単位に他ならないわけで、その"対"は作品中で非常に重要なコンセプトになっているようです。

時折、オリヴェイラを思わせる固定カメラからの比較的長いカットで意図的に作られている左右対称の構図。その対称軸となる物あるいは人はシーンによって異なりますが、"対"となるのは"男と女"、"男と男"あるいは"女と男"であり、その際に"対"になっている人間を強調しているのは言うまでも無いのですが、さらにはその中心にすえられているものもまた必然的に強調されており、これにより台詞が控えめで、そしてまた役柄の年齢に合わせたように控えめな演技、さらに見た目にも少しくたびれた感がして間違っても派手ではないこの作品が、非常に饒舌になり、観衆に彼等の心理を窺わせます。また、構図だけでなく作品全体の展開や、ストーリー自体も"対"という考え方が一貫してあり、それぞれの思い等をその"対"の構造から導けるように構成されているように思います。


この作品は工場主の男とそれにぴったり寄り添うかのように存在する女を描くことから始まります。此処で既に"対"が描かれ始めているわけですが、この"対"は"対称"。つまり同じ属性を持った2人で構成された"対"で、そしてその属性としてふさわしい言葉は"保守的"であり、"不器用"です。次に"兄弟"という"対"をこの作品は描きます。この"対"は"対照"です。つまり兄は"保守的"、"不器用"という属性で、弟は"先進的"あるいは"革新的"で"器用"あるいは"社交的"な属性という全く正反対の属性を持った構成要素で形成されている"対"です。この二つの"対"が合わさり、それぞれの"対"の構成要素が"男と女"、"男と男"、"女と男"のように不安定に交じり合うのです。これは前述の通り構図にも顕著に現れています。この様子はすなわち心の動きそのものともいえますが、これを台詞やあからさまな態度で語らせずに、回りくどく構図そのもので語らせるのは登場人物達の年相応の奥ゆかしさと恥じらいといった回りくどい感情を見事に表現しているといえるでしょう。

物語の最後は"対"の崩壊によって訪れるのですが、いたるところで"対"を強調していたこの作品が全くそれを崩壊させた状態で終わるはずも無く、恐らくは化学で言う酸化還元反応の際の電子の動きに似た結末を迎えたであろうと解釈しています。つまり、もとあった"保守的"な"対"が崩壊し、それを構成していた片割れは新たに"先進的"あるいは"革新的"な"対"の構成要素になったはずで、この展開にすることで"対"の構造が作品全体としてキレイにまとまります。例えば"対"の崩壊で残された男には相手がいませんから、いくらそれまでも繰り返しの毎日だったとはいえ、一人になればそれ以上に変化に乏しくなるのは言うまでも無く、つまりはより"保守的"あるいは"閉塞的"になったと考えることが出来ます。これに対して女のほうは自ら"革新的"、"先進的"に変貌を遂げたわけで、"対照"という"対"の構造が出来上がります。そしてまた男2人の属性が基本的に変わらなかったのに対して女の属性は変化していますからここにも"男と女"と"不変と変化"という"対"構造が出来ます。等など、あげればキリがなさそうなので後はお任せすることにします。また、視点は若干違いますが此処で言った女の逆の属性への変化は、劇中の"逆さ言葉"がその象徴であったように思います。意識せずとも言葉をひっくり返せるこの才能は彼女の願望、つまり自分の性格や生活など、自分を取り巻く環境そのものを逆にしたいという願いの現われだったのかもしれません。


繰り返しの最小単位である"対"はそのものだけでは閉塞的ですが、新たな要素が少しだけ入ることによって、それはいくらでも変化しうる。そんな印象を受ける静かでありながら情熱的な作品。劇中"ウィスキー"という言葉は作り笑いとか偽りとかそういった意味合いで用いられていて、タイトル「ウィスキー」もそのままうわべとか、偽りとかの意味合いで一般には解釈されているようです。確かに作中偽装夫婦を演じているので、そういう意味も含んでいるのでしょうが、それこそ偽りとは言わないまでも作品の本心を隠したうわべの表現に上手くごまかされているような気がします。つまりこのタイトルは熟成してなお味わい深く複雑に変化していく、飲み物としてのそれそのものを、"作り笑い"という意味の裏に表現しているような気がします。まぁいずれにしても、いろんな味わい方が出来る良い作品であることに変わりはありません。こういうよく練られた作品は非常に良いですね。
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by nothing_but_movie | 2005-06-16 00:49 | Movie(W)
映画に見る資本主義と墓穴
a0008075_1657126.jpg2005/5/29 K's cinema



「Woderland」(「ワンダーランド」)
(2003アメリカ/カナダ)


監督:ジェームズ・コックス
脚本:ジェームズ・コックス、キャプテン・モズナー、トッド・サモヴィッツ、D・ロリストン・スコット
出演:ヴァル・キルマー、ケイト・ボスワース、リサ・クドロー、ジョシュ・ルーカス、ティム・ブレイク・ネルソン



この作品を見て思い出したのが去年やっていた「モンスター」という作品。時代背景や登場人物などの設定が良く似ています。しかし件の作品よりも明らかにこの作品の扱いはぞんざい、すなわち上映規模が格段に小さく、また本国では件の作品よりも早く公開されていたにも関わらず、日本での公開が遅い。しかし作品の何処を比較しても明らかにこの作品のほうが出来が良い。同じ去年の映画を引き合いに出すなら、「SPUN」のようにスタイリッシュでテンポの良く、それでいて時折「2046」のときのドイルを思わせる映像。その映像に見事に調和した音楽は、当時を思わせるもので統一されていて心地がいい。さらにストーリーは黒澤の「羅生門」を思わせ、見事な構成に唯ただ感心させられる。この作品のどこにこのような扱いを受ける所以があるのかさっぱり理解できませんね。


少し調べてみると、この作品のUSでの上映時期には日本でもそれなりに流行った作品が多いよう。例えば同月には「The School of Rock」、「Kill Bill: Volume One」、「Mystic River」、「House of the Dead」、「Veronica Guerin」、「Texas Chainsaw Massacre」、「Pieces of April」、「Sylvia」、「Returner」、「The Human Stain」、「In the Cut」等、さらに翌月には「The Matrix Revolutions」、「Love Actually」、「Elephant」、「Master and Commander: The Far Side of the World」、「Shattered Glass」、「Gothika」、「21 Grams」、「Bad Santa」、「The Triplets of Belleville」等。大作、良作が目立ちます。もともとこの作品の公開規模はUSでも小さいですし、このような作品に囲まれては目立たないのも頷けます。しかしその逆に件の作品はというと同月に日本でも公開されたようなめぼしい作品は「The Butterfly Effect」くらい。翌月も「The Dreamers」、「Highwaymen」、「The Passion of the Christ」、「Twisted」、「Good Bye Lenin!」等。大作や個人的には好きな作品が幾つかありますが、今ひとつぱっとしない感じです。そこへタイアップでもしているかのように同日に「Aileen: Life and Death of a Serial Killer」という作品が公開され、もともと大作が出る時期ではありませんからそんな時期にこのようなことをしたら目立つのは当たり前、さらにシャリーズ・セロンの醜態が話題になりましたから日本の配給会社も目をつけるのも頷けるというものです。映画も所詮はビジネス。金を持つものが有利なのは言うまでもありませんが、残念な現実だなと。


まぁなんにしても、中身を見ればその差は明らか。"作品の出来"でいえば比べ物になっていないというか比べるのが間違っているという気さえします。また、この作品も実話を基にしており、件の作品に負けず劣らず悲惨な話なのでいくらでも"お涙頂戴"にできたにも関わらずそうしなかったことに、"事実"に対する誠実な姿勢が見えて大変好感を覚えました。

a0008075_16435333.jpg最後にこの作品について一つだけ欠点を言っておけば、実際にはほとんど関係ないのに"ポルノ"と関連付けられてしまって作品イメージが悪く、また、劇場もそのイメージに便乗したイベントをやっていたりしてコレが客足を遠ざけているのは確かだと思いますが、より致命的なのは作品中のセンスは良いのに、一部のポスターのデザインが余りにもひどいと言うことでしょうか。コレでは誰も見る気がしないのも頷けます。まぁ何はともあれ。
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by nothing_but_movie | 2005-06-07 16:58 | Movie(W)