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何はともあれ積み上げて
いつの間にやら今月の投稿件数はこれまでの記録である19件を超え、これを含めて21件に。それにしても今月の駄文はこれも含めてひどくネガティブなものが多いような気も。一般にポジティブな姿勢から生まれる所謂"新記録"というものが、ネガティブを積み上げることで形成されたわけです。

そういえば今週末は12月最初の週末にして、12月最初の"忘年会"が土曜日に。二、三年会っていない人達と会う予定なのでそれなりに楽しみではあります。日曜日には急に誘われて、馴染みの店が主催する"撞球"のトーナメントに出ることに。最近は大してやっていないので恥をかく前にささっと負けて帰って来ようとは思っているのですが、そんなものは前日の酒が残っていれば心配するまでも無く、意図を超えて素晴らしく見事に達成されることでしょう。と、言いつつも過ぎた醜態を差らしたくは無いので、何とか練習の時間を確保しようと悪あがきをしてはいるのですが、相変わらず仕事は忙しく。

それにしても今週が始まってまだ2日目だというのに早くも週末に意識が向かうとは。これをポジティブと呼ぶかネガティブと呼ぶかは意見の分かれるところですが、私はこれをあえてポジティブと呼び、この思いを積み上げて何とか今週を乗り切る算段です。
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by nothing_but_movie | 2004-11-30 21:43 | 雑記
不毛な中にも得るものが
そういえば先日行った「デヴィッド・リンチ・ナイト」の開始直後にあった、ほとんどの意味の無いトークショーの中で、私にとって唯一とも言えるくらい有意義だった話は、リンチがある新興宗教にはまっているというものだ。彼の作品が持つその抽象さと独特の世界観と、それぞれの"宗教"が持つ同様に独特で抽象的な世界には確かにある意味共通する部分が多く見出せ、そのため「さもありなん」て感じでさらりと納得できる節もあるが、しかし全く同様の理由から逆の帰結も導かれる。すなわち、リンチがその自身で作り出した独特の世界を抜け出し、他者が創作した全く別の独特な世界に浸るとはとても考えにくいということだ。私がどう思おうと、その思いは全く意味を持たないもので、現実には彼は他人が想像した世界を信奉してしまっていることに変わりは無く、そのため次回作の構想等もまとまっていないのだとか。しかし私はこのことに対してある意味楽観的に捉えている。

それにしても基本的に日本人の意識のレベルでは非常に存在の薄い"宗教"といわれるものの、ひとつの存在価値として確かにあるものは、理由の存在しない事柄や事態に対して理由を与えるよう示唆するということだ。全ての事柄に対してそこには存在価値と理由と目的があると"宗教"は示唆し、人はその示唆に従い現実を直視することで、いかなる状況にあろうとも何らかの解を得ようと試みてきた。よく"宗教"と一般に"科学"と総称されるものは対立概念のように語られるが現実を直視するという点においては全く対立しないし、そもそも対立しようの無い次元のずれが"宗教"と"科学"の間にはある。すなわち"科学"は現実の"機構"を捉えるものであるが、"宗教"は現実の"意図"をその直視する対象としている。この次元のずれは既に科学の創世記の頃にあったはずだが"妄信的な宗教"はこのずれすら認めなかったため"権力"という次元において"科学"を弾圧し、不毛な対立が発生していたのは確かである。しかし近代に近づくにつれ、主に"宗教"が譲歩する形でこの対立関係は解消され、"宗教"と"科学"はその視野に入れる領域を明確に分離することで、相互の存在を確立するとともに、相互にその存在を補完しあってさえいる。つまり共生が形成されている。
日本においては共生というにはあまりにも"宗教"が萎縮している感もあるが、これは日本が採用した"宗教"と、それに対する当時の権力階級の付加的な解釈と、その権力階級の淘汰が関連していると考えている。が、どのような理由にしろ、私がこれ以上日本の"宗教"について語ったところで目覚しい発見があるとは思えないのでこの話題はここで終える。

映画は"意図"を描く作品と"機構"を描く作品と"その他"に分類できる。"その他"にはいずれも描かないものと、どちらも描くものが含まれている。ここで問題なのは彼の作品がどれに属するかである。基本的に彼の作品は"機構"を描いている。"なぜそうあるのか"よりも"なぜそうなるのか"について重きを置いている。すなわち彼にとって"映画"は"科学"である。したがって彼は"宗教"に埋没することは無く補完され、その領域を拡張しつつあるのではないか。すなわち彼の作品にさらに別の視野が加わる事で、その作品の世界はさらに広がりを持つのではないか。しかしもし彼が"妄信的な宗教"に捕らわれてしまったのであれば話は別である。彼の作風が"機構"から"意図"に重きを置いた全く別のものに遷移する様子を見ることになる。


要はこれだけの御託を並べておいて、私が言いたいのは彼の作風が今後どのように変わるか興味があるということだけだ。
全く不毛な"トークショー"にも匹敵する"これ"からひとつだけ得るものがあるとすれば、意味の無い文言をダラダラと連ねるのは、話の対象の事を全く理解していないとわかることくらいだ。
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by nothing_but_movie | 2004-11-29 22:01 | 雑記
虚構の中で静かに2人で
2004/11/27 銀座テアトルシネマ



「Mulholland Drive」
(2001年米)

監督/脚本:デヴィッド・リンチ
音楽:アンジェロ・バダラメンティ
出演:ナオミ・ワッツ 、ローラ・エレナ・ハリング


"難解"だとは聞いていましたが、此処までとは。しかし逆に言えば"難解"なのであって、けして"不可解"なつくりではないと。また製作開始当初はTVシリーズを予定していたということからも、観る人からして選んでしまう「イレイザー・ヘッド」等に代表される彼の他の作品郡に比べれば、作品自体のコンセプトもより一般受けしやすいつくりであることは明白で、そういう意味でも"不可解"ではありえないと、そう思います。


現実部分と虚構部分を明示せずに作品を構成するのがリンチの常套手段なのでそれに倣うなら前半が基本的に虚構、後半が現実と考えられる。

後半部分から読み取れる現実では、ダイアン(=虚構:ベティー)は田舎から出てきた脇役女優、カミーラ(=虚構:リタ)の愛人だったが、カミーラを映画監督と他の女に寝取られる。嫉妬に駆られるたダイアンは殺人を依頼。しかし実際に殺人が成功したことを知り、罪悪感と失意から自殺にいたる。ということ。

前半部分は虚構でダイアンとカミーラ(=虚構:リタ)の立場が社会的な立場から性生活に至るまでほぼ全てが逆転し、ダイアンが優位になっていることからこれはダイアンが罪悪感とから逃れるために自分に都合がいいように作り出したものと考えるのが一番しっくり来る。
虚構は死体を見つけたところから急展開を見せる。恐らくこの死体はダイアンのものなのであるが、見た目はカミーラのそれだ。つまりこの死体は2人の死を同時に象徴している。
死体を見つけた夜2人のベットシーンが始めて描かれるが、これは死によって2人が結ばれることを象徴していると解釈できる。その後のクラブのシーンで2人は失恋の歌を聴き、2人で泣く。このシーンは体だけではなく心の一致を暗示しているもので、この心の一致を持って虚構はその役目を終える。これは現実には得られなかったダイアンがカミーラとの心の一致、すなわち真に結ばれることを求めていたからであり、これこそが虚構が発生した原因であるからだ。
しかしこれらはダイアンが現実の失意の中で勝手に思い描いたもので所詮虚構だ。要は無理心中と一緒である。死んで得られるものなど無い。クラブのシーンでも男が言う。此処で起きることの全ては虚構だと。
しかし「お静かに」なのである。そんなくだらないことを言う必要はない。2人が一緒になれればそれでいい。

つまりこれは基本的に失恋の話が基調となっている。そしてその失恋のためにダイアンがとった殺人という行動と、それに伴う罪悪感と脅迫観念。さらに自分が夢見たがかなわなかった「ハリウッド」での成功を絡めた虚構世界が展開される。観ようによってはこれは「ハリウッド」の縮図にもなりえる。このような「愛」と「裏切」、「夢」と「失意」、「勝者」と「敗者」、これらにからむ「嫉妬」がハリウッドに当たり前のように渦巻いている。そこまで展開すると少しやりすぎの感もあるが、TVシリーズでの長期的な展開を考えればあながち行き過ぎということも無いだろう。

それにしてもリンチが人間心理を此処まで直接的に描くのも珍しいのではないかと、そんな気も。
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by nothing_but_movie | 2004-11-28 21:48 | Movie(M)
David Lynch Night
今週は銀座テアトルシネマのデヴィッド・リンチ・ナイトに行って来ました。

「Mulholland Drive」
「Straight Story, The」
「Elephant Man, The」


「マルホランド・ドライブ」は見逃していた作品だけにうれしい公開でした。難解だとは聞いていたので構えてたのですが、確かに難解。前半はリンチらしい映像も少なく、ちょっと油断してたんですが、クラブのシーンあたりからは一気にリンチワールド全開。細かい部分はもう一回くらい見ないと分かりませんが見事な作りでした。

「エレファント・マン」はビデオでしか観たことがなったので、劇場で見れたのはうれしいですね。25周年も経つというのに全く古さと違和感を感じさせないのは、余計なものを含まない真実だけからなる作品だからなのでしょう。

リンチの作品群の中ではきわめて異色ではあるが「ストレイト・ストーリー」のロードムービーとしての完成度は何度見ても感心しきりです。設定と見せ方の時点で高い完成度持った作品です。兄に会うために始められた旅は人生の収穫と恵みの旅でもある。深淵で感慨深い話を変に涙や感動に結び付けようとするでもなく、さらっと撮るあたりが逆に感動を誘う。
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by nothing_but_movie | 2004-11-28 20:51 | 雑記
ゲバラの亡霊に
2004/11/06 恵比寿ガーデンシネマ



「Motorcycle Diaries, The」
(2003年英/米)

監督:ウォルター・サレス
製作総指揮:ロバート・レッドフォード
原作:エルネスト・チェ・ゲバラ 、アルベルト・グラナード
脚本:ホセ・リベーラ
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル 、ロドリゴ・デ・ラ・セルナ


この作品の最初と最後には以下のようなメッセージが出る。

「これは偉業の物語ではない。
 人生のある地点で、同じ方向を目指した2人の友情の物語だ」


映画のジャンルで言うなら所謂「ロードムービー」に分類される。ロードムービーの一般的な主な構成要素には「旅の風景/情景」「人間性の成長」「新しい発見」があると考えている。まず映像については、全般的にきれいでしたし、目を引くように美しいシーンは少なくありませんでした。ここら辺はさすがという感じですが絶賛するほどのものではない。
次に「人間性の成長」。医学生のボンボンが無鉄砲な友人と、無計画な貧乏旅行に出て、貧しい生活を強いられている人々やハンセン病で隔離されている人々の現実を目の当たりにし、共鳴し、自分がやるべきことを「発見」していく過程が描かれている。自分が生きてきた世界以外を「発見」して、それをきっかけに精神的な「成長」が描かれ、最後にその成長と将来の偉業を象徴する河を泳意で渡るシーンで旅は締めくくられる。このシーンは、うまく使えば自分の危険を顧みず、誰もやったことのない偉業を行った彼を、わかりやすく象徴的に表すための効果的なシーンかも知れませんが、これをまともに意図したように見せるには旅の過程で見せた彼の未成熟な面があまりにも邪魔をし、この行動の主な動機として描かれたリストラ夫婦と病人集落はあまりに浅く軽薄だ。つまりこのシーンは突飛過ぎる。
総じて、ロードムービーとしては中途半端感と完成度の低さが全体に漂う仕上がりとなっているというしかない。ではこんな映画がなぜ評価されているのか。


もし主人公が"彼"だとしたらどうか。

"彼"は裕福な家の育ちで何不自由なく育ちましたが、ある日旅に出ました。その旅で"彼"は貧困や病に喘ぐ人々の悲しい姿を見て、何とか救いたいと考えました。"彼"はこれをきっかけに政治活動をはじめ、努力や運などにも恵まれて若き日に志した地位に上り詰める事ができました。
そんなある日"彼"は若い頃に見たのと同じように貧困に喘ぐ人々を見つけました。"彼"は政治を変えるべきだと考えました。そこでその政府の転覆を試み、様々な手段を圧倒的な支持と力のもとに講じ、見事それを達成、悪政から人々を解放しました。

勘の良い方はわかったと思いますが、置き換えた"彼"とは先日再選を果たした人です。"彼"がこのような旅をしたかどうかは知りませんし、恐らくしていないと思いますが、仮に同じ旅をして同じ人々を見て同じ行動をしたとして、それを映画にしても誰も感動なんかしないと思うんですよ。つまり、今の"彼"の評価や評判がそのまま映画にも反映されるはずです。(※1)特に河を泳いで渡るシーンなんかは「捏造と欺瞞に満ちている」とムーアあたりが騒ぐはずです。

つまり、ロードムービーとして中途半端なこの映画がまともに成立し、評価されているのは、彼が主人公だからだ。彼が偉業を成し遂げ、評価されているという背景があるからこそ映画も評価されているのだ。つまり、この評価は映画のそれではなく、彼のそれだ。偉業のきっかけとなったと思ってみるからこそ良い旅に見え、その映画だから良く思え、突飛過ぎる演出も容認してしうのだ。


「これは偉業の物語ではない。
 人生のある地点で、同じ方向を目指した2人の友情の物語だ」

本当に偉業ではないと思って河を渡るシーンが見れましたか。2人が目指した方向性が医者や政治家ではなくなぜ革命家なのか映画から読み取れましたか。2人から映画になるほどの友情が見えましたか。彼らが目にした風景や情景が彼の顔以上に印象に残っていますか。あなたは写真展で見たり読んだりした彼の姿についてではなく、また雑誌で読んだ彼の偉業についてでも、テレビやネットで見た彼の特集でもなく、純粋にこの作品について何か語れますか。ゲバラの亡霊に惑わされていませんか。

映画自体を評価せずにその題材の人物や、時代が良いという理由で、実際は駄作や凡作が良いと評価されることは別にこの作品に限ったことではない。(「華氏911」もある意味こういうタイプですね。「華氏911」の内容覚えてますか。その当時は騒いだかも知れませんが、そろそろ内容を忘れてたり、鼻で笑ってたりしてませんか。)そしてそういう映画の売り方もありだとも思いますが、私は映画館には"映画"を見に行き、"映画"で驚き、発見し、感動し、楽しみたい。そしてそういう映画こそが"良い映画"と評価されてほしいと考えているし、評価したい。




※1:もし主人公を"彼"に置き換えそれでも感動すると言うなら、"彼"が主人公である意味が全く無いといえる。作品としての面白さは証明されるのかもしれないが、主人公を描ききっているとは言いにくく、もったいない失敗作であることに代わりない。これは主人公が彼でも同じ事が言える。
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by nothing_but_movie | 2004-11-26 23:59 | Movie(M)
困ったものです。
それにしても困ったものです。ここのところ崩れ気味の生活リズム。否、正しくは"仕事"のリズムなのですが、ここのところずっと夜遅くまで仕事をしていたおかげで、遅い時間じゃないと集中できないようになって来ました。
午前中は基本的に仕事が手につかず、午後早い時間帯は簡単な作業系の仕事、夕方くらいから徐々にペースを上げて、18時あたりから本調子で重ための仕事に突入といった感じ。重い仕事の後には種々雑多な細々した仕事が多数発生するわけですが、それを処理するために必要な人達はとっくの昔に家路についているものですから当然仕事は次の日に持ち越しとなるわけで、結局仕事全体が徐々に後ろにずれていくことに。
幸いなことに仕事量は一時的に落ち着いてはいるものの、本質的な量が減ったわけではなく、いつかはやらなくてはいけない仕事が山のように残っている状態。このまま仕事時間が後ろにずれ続けると近いうちに大変なことになってしまいそうです。
まぁしかし、そんなことを言いつつも誰もいないオフィスで粛々と、好きな曲を聞きながら仕事をするというのもそう悪いものではないなと思いつつもあったりして、是正する気が全く起きない状態。困ったものです。

そういえば先日見た「変身」はひどいものでした。映画を構成するそれぞれは、"それぞれの視点"のみから見れば決して観れないものではなかったかとは思うのですが、その"それぞれの視点"てのがてんでばらばら。映画のジャンルすら超えた視点が要求され、全体としての統一感というか調和が全く無く、総体として観れたものではないものに仕上がっていました。これが原作に忠実であるか否かは恥ずかしながら原作を読んだことの無い私は判断付きかねますが、恐らく話の本質的な部分を表現し損ねている、あるいはどちらかというと表現したつもりでもそのほかの部分が台無しにしているのではないかと思っています。その確認のため、アマゾンで原作を中古本で購入して読んでいるところです。蛇足ですがこの中古本、状態が悪いわけでもないのに5円でした。こうも安いと商品自体が数十冊と買えてしまう程の手数料と送料がやけに勿体無く感じてしまいました。安すぎるというのも困ったものです。
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by nothing_but_movie | 2004-11-25 23:59 | 雑記
蛇足の後付に
2004/11/21 アミューズCQN



「OLD BOY」
(2003年 韓国)
監督:パク・チャヌク
原作:土屋ガロン 、嶺岸信明
出演:チェ・ミンシク 、ユ・ジテ 、カン・ヘジョン


平凡な人生を送っていた男がある日突然拉致され、小さな部屋に15年監禁される。理由も分からぬまま続いた15年もの歳月は、始まりと同じようにある日突然終わりを告げる。男は復讐を誓うとともに、監禁された理由を解き明かすため奔走する。

演技も音楽も映像もストーリーも見事に作りこまれ、高い完成度と全体の調和を持った作品。この点は評価しなくてはいけないし、これだけでも一見の価値はあるかもしれない。
そしてテーマとして、愛情とか性とかいうものと、それとは本来存在する階層の違う、所謂社会理念を一体として捕らえる現代に対して疑問と、それに対するひとつの違った方向性を描こうとしたその姿勢も、あるいは評価してもいいのかもしれない。

が、しかしインパクトがあるように見えても実際は使い古されたテーマであり、結末も驚くに値しない。むしろ蛇足である。また、全体のあらすじレベルでは完成されている様に見えるストーリーも、中身を開いてみればなんとも滑稽で危うく、胡散臭いモノであることが分かる。

別に最後の「選択」そのものが胡散臭いとか滑稽とか言っているわけではない。「それ」はそもそも利己的なモノで、倫理に縛られず「それ」を維持するという選択は、程度の差こそあれ日常的に行われていることであり、そういう意味で、この「選択」自体を否定する理由は全く無い。
注目するべきはその選択を行うまでの過程であり、動機であり、そしてその「選択」を実現しうる手法である。しかしそれらは胡散臭い方法か、描ききれていないかのどちらかである。テーマのインパクトに気圧されて気付きにくいかもしれないがこれは確かである。肝心な部分が等閑にされていて、上っ面の表面的な話になっている。

総じて言うなら、インパクトと新鮮味があるのは冒頭部のみで、後はいかに上手く2時間の話にまとめるか、それだけに注力したような作品。「テーマは後付でした」といわれてもさほど驚かないつくり。しかもその後付のテーマに対する答えと思しきものを入れるがため、最後に救いようが無い蛇足なシーンを入れてしまた大変残念な作品。

完全な駄作ではないだけに残念である。
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by nothing_but_movie | 2004-11-24 23:59 | Movie(O)
どうでも良いことと、そうでないこと
今日はこれから帰宅です。
外は寒そうですね。

明日こそは、
「山猫」
を見たいものです。
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by nothing_but_movie | 2004-11-22 23:57 | 雑記
現実として描かれた非現実
2004/11/20 UPLINK



三人三色(2004)
(2004韓国)


このシリーズは2000年から韓国 チョンジュ国際映画祭で始まり、毎年アジア圏を中心に選出した3人の映画監督に依頼して製作されている。デジタルフォーマットで撮影、編集を行うこと、30分程度の短編であること、約500万円以内で製作することがルール。4年目の今年は「インフルエンザ」、「夜迷宮」、「鏡心」で構成されており、特にテーマは与えられなかったらしいがいずれも"現実性"という主題を持っていたように感じた。


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「インフルエンザ」
監督・脚本:ポン・ジュノ

街中に設置されている監視カメラが捕らえた犯罪の瞬間。これらを作品としてまとめ、私たちの犯罪に対する視点を問う作品。

監視カメラは淡々とその"犯罪"の一部始終を記録する。ただ記録する。それが監視カメラの存在の意味である。裏返せば監視カメラは犯罪を容認している。犯罪が起きることがわかっているから監視カメラを設置している。犯罪が起きたときに見ているだけで何もしない監視カメラは、犯罪に対して寛容的であるともいえる。
では人はどうか。本来であれば、"犯罪"に対して何かを感じるか、なんらかの行動を起こすべきである。しかし、普通なにも感じないし何もしない。TVを通して毎日のように犯罪を見る。たまには悲しんだり、憤ったりはするがたいていは何も感じない。そしてどう感じようと基本的に行動は起こさない。ここに監視カメラとの類似が見られる。
つまり人の中にも既に犯罪に対する"寛容性"が発生してしまっている。犯罪の追及は一部の人に任せ、自分はTVという定位に在る監視カメラを通してその犯罪を見るだけ。そしてこのいつの間にか発生していた"寛容性"は、今は考えすら及ばないレベルにいつか達してしまうかもしれない。
また、この現状の原因としては"寛容性"以外の可能性も指摘できる。つまりカメラを通じて見る"現実"を現実と認識していないという可能性だ。
いずれにしても結果として人が徐々に、犯罪に対して何も行動を起こさず、"それ"を見守るだけの"監視カメラ"に近づきつつあるということに変わりない。
鋭い視点の意欲作。



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「夜迷宮」
監督・脚本・撮影・プロデューサー:ユー・リクァ

地上を大寒波が、地下での生活を余儀なくされた近未来。暗く凍えた地下で生まれる愛について描いた作品。

サイレント映画風に仕上げたこの作品はテンポが良い。黒地に白の文字で表れる字幕は映画になんともいえない魅力を与える。
得られがたいと考えているものも、実は些細な事で手に入れることができる。迫害され、住む場所もなく、唯使役される現実に生きる彼等にしてみればあまりに現実離れした"現実"に気付き喜ぶ。ここに至る展開、そしてこの表現手法そのものは非常に常套的ではあるが、それに失望することはない。なぜならそこにはこれらに対する確かな理解があったからで、唯の模倣ではなかったからだ。長編をダイジェストにしたような作りではあったが物足りなさも感じさせない。
この監督にとっての初期のステップはこの作品を持って完結する。そんなことを感じた。



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「鏡心」
製作・監督・脚本・撮影: 石井 聰亙

ある女性が仕事と人生への疲れを癒すために旅に出る。そこで彼女は世界の本当の姿を見つける。

使い古されたテーマをいかに描くか。そこにこの作品の作品としての価値と意味があったと思う。が、それは満たされず、ありきたりな、TVでやるような陳腐な仕上がりになっている。
世界は自分の心理の投影であるということを彼女は旅に出て、世界を見て、気付くわけだがその理由が描ききれていない。それをありがちな表現と展開でなあなあで収めた感じがある。ありがちな、薄っぺらい作品でなんとも残念でした。



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いつもより少しだけ客の多かったUPLINK。私が見た中での最高記録更新、9人。良いことです。

そういえば、帰り際、この映画館で初めて見かけた「ぴあ」の方々。いつ見ても無粋極まりないですね。そしていつもどおり無意味なアンケート。オムニバスに対して「全体を通してのストーリー」とはどういうことなのか、何を両極とした「5段階評価」なのか。質問の意図や基準がさっぱり理解できませんでしたし、もちろん聞いてる人も理解していませんでした。5段階評価については"それなりの数"をこなせば統計として"それなりの値"が得られるのでしょうが、この映画館で"それなりの数"を集めるには、"それなりの日数"を費やさなければならず、もちろんそんなことするはずもないので、ここで集められた数字はほとんど客観性を持たない、大衆向けに出すには意味のない数字だと思うのですが、実際作っている方々とを見ているこの雑誌を見る方々はどう思っているのでしょうか。
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by nothing_but_movie | 2004-11-22 23:54 | Movie(かな)
今週末レポート(11/21)
今週末は、

「三人三色」
「変身」
「エイプリルの七面鳥」
「オールド・ボーイ」
「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」

でした。

久しぶりに何も予定の無い週末で、思う存分映画に浸れました。
土曜日は先日アメリカから帰国した友人がどうしても見たいというので、新宿でオールナイトの「2046」を観ようと思って行ってみたら、目を疑うような長蛇の列が。何かと思ったら「ハウル・・・」のそれ。その映画館のオールナイトは「ハウル・・・」だけになってしまっていたようで、仕方ないのでわざわざお台場まで行ってきました。それにしても「2046」は2度目でしたが、改めてその凄さを確認しました。それにしてもそこまでしてみたいものなんでしょうか「ハウル・・・」。良く分かりませんね。
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by nothing_but_movie | 2004-11-21 23:42 | 雑記