<   2004年 12月 ( 17 )   > この月の画像一覧
当然の帰結として
金曜日は"飲み屋"ではなく、"忘年会"を二件はしごして朝まで騒ぐ。土曜日もまた"忘年会"で朝まで騒ぐ。木曜日の夜あたりからあやしかった体調は当然のごとく、あやしいを通り過ぎ、"悪い"状態へと遷移し、その結果日曜日は家でおとなしく寝て過ごしておりました。つまり今週もまた劇場に足を運ばず週末を過ごしたということで、すなわち今週もまた雑文がひたすらここに並ぶであろうと言うことです。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-12 23:59 | 雑記
それなりに思う
昨日は予定外だった予定のため早々に18時に退社。こんな時間に帰社するのはホント久しぶりのことで、なぜか軽い罪悪感すら感じてしまい、これを理由にこの気乗りしない予定をキャンセルしてしまおうかとも思ったのですが、この罪悪感が錯覚なのは明らかで、キャンセルすれば現実的な罪悪感に見舞われることだろうとも思ったので、しぶしぶながら待ち合わせ場所の新宿へ。
若干待ち合わせの時間に遅れて到着し、携帯を取り出すと着信が何件か。見ると弟から。どうやら今日は仕事が早く終わったらしく、弟も来るんだとか。で、いい加減何の予定か書いておくと、たいしたことではなくて父親が仕事でコッチに来たので、ちょっとメシでもってだけのことなんですよ。それでいてなぜこれほど気乗りしないかと言うと、単に仲が悪いだけというくだらないもの。まぁそれも弟が参加するということで、大分緩和され、憂鬱な気分がそれなりに軽減されました。世間的に別に珍しいことではないのかもしれませんが、この3人が一同に会するのは私のあてにならない記憶が確かなら、6、7年ぶりのことで、仲の悪い家族だなと改めて思う。
で、適当な居酒屋に入って適当にメシを食いながら、適当なことを主に弟と話したわけです。映画の仕事はアレ以来していないみたいで、最近は専らCMの仕事をしており、例の2画面のゲーム機やら、ジャニーズの彼が来年から出る某公営賭博の其れとかをやったんだとか。あとは例の旦那とプロモを少し。花のある業界は良いですね。仕事の話が終われば次は映画の話となり、最近の作品批評を少し。「ソウ」は残念賞、「2046」は秀作、「AVP」は(USだと、AlienとかPredatorがホントに好きな人には物足りないかもとかいわれてますが)楽しみということで意見が一致。映画の好みはやはり似てますね。でついでに芸大の北野"教授"の話が出て、其れの裏話なんかも。これはうわさの域を出ないので控えますが。
まぁそんなこんなで、適当な時間になったので帰宅。父親は私の家に宿泊。これは私がコチラに出て来てから初めてのことです。
弟のことばかり書きましたが、父親ともそれなりに話して、それなりに楽しんだわけで、それなりに良かったかなとそれなりに思う。父親もそう思ったのであればなお良いのですが、どうだったのでしょうか。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-09 19:35 | 雑記
とりあえず気ぜわしく
今日の仕事への短期的な集中力はなかなか良いものがあるが続かない。
それにしても明日はやたらと忙しい1日になりそうで、其れをいくらかでも緩和すべく本日中にやれることはやっておこうとは思っているのですが、本日ももとから忙しいので、なかなか其れもかなわず。単に仕事が忙しいだけなら別にいいのですが、明日の忙しい理由は其れとは若干異なり、より精神的に負担になっているような気が。いずれにしても今日残された時間も明日の1日も忙しいことには変わりないので、とりあえずこれはこれで終わりに。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-07 22:23 | 雑記
未来を現在に手繰り寄せ
朝一にこんな駄文を並べるのもどうかと思うのですが、今以外に書く時間のあてがないのでとりあえず筆を走らせてみることに。と、ここまでで早くも書くことが無いことに気付く。

あえて書く必要も無いのですが、ここの文章の殆どは無理やり書きはじめて無理やりまとめることが殆ど。もちろんタイトルは最後につける。そんな文章だからこそ内容はもちろん、所謂オチすらもない平坦な駄文が日々非生産的に生産されているわけです。
否、しかし考えてみると、日記や日誌なんてものには本来面白さなんてものは求められているわけも無く、そしてまたそもそも私にとってのここの目的は別にあるわけですから、この非生産的な生産もあながち間違いではないのかもしれません。
つまり、私にとってここは思考を日常から切り離してめぐらすことのできる位置を占めていると言うことです。何を言わんとしているのかわからない展開なので、改めて"つまり"と説明を試みると、つまり、日常の中では全くここのことを意識しておらず、ここの画面と向き合って初めて日常を思い返しているということです。要はここは日常の連続的な延長あるいは包含される存在ではなく、日常へ断続的に接続する、日常の外にあり、全く其れに干渉しない存在ということです。つまり、日常という"今"を"過去"として捉える最初の場所と言うことで、この行為は数年前の"記憶"や"思い出"を辿る過程と時間軸を除けば類似しているはずです。要はこの過程を前倒して実践することにより、学習曲線の底上げを図っていると言うことで、これこそが私がここに求めているものなのです。これをさらにわかり辛く表現するなら未来を現在に手繰り寄せているということになるでしょうか。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-06 23:59 | 雑記
赴かずがゆえ、ご容赦を。
とりあえず先週末から振り返ると、金曜は久しぶりに早めに帰宅。日曜日に備えて会場となる上野の撞球場で3時間ほど練習。久しぶりにやったわりには上手く入れれたし、捻れてたしで気分良く帰宅。まだ寝るには早い時間だったため、久しぶりに自宅で映画でも見ようかと思ったのですが、メシを食った直後に眠くなってきて断念。土曜日は朝から上野の二輪車屋でタイヤ交換やら何やらをしていたら、あっと言う間に今月最初の忘年会開始時刻の19時を回ったため、撞球の練習は断念。ちょうどその2、3時間前に雨が降り出していたので、仕方なく一旦帰宅し会が行われる飯田橋の小さな飲み屋へ。とても狭苦しいところに通されたのですが、そんなことを気にしたのは最初のうちだけで、一通り文句を言った後はお決まりの昔話に花を咲かせておりました。とはいっても、私が覚えている昔話なんかは殆ど一瞬で語りつくされ、その後は専ら忘れた記憶を呼び起こす作業に専念しておりました。しかし、いつかも書いたように変な記憶だけは残っていて、幾つかの数年ぶりに会ったにしては不機嫌な顔をしている人の、その理由に思い当たってしまったりも。覚えていたところでいまさら取り繕うことができないワケですから、気にしなければ良いだけの話なのですが、誰でもそうできるとは限らないようで、こちらから話しかけるも何れの方々とも殆ど一言二言しか交わせない始末。まぁ、記憶力の悪い私ですら、思い当たる節があるくらいですから、相手にはもっと詳細な記憶があり、気にしないなんてことはできなかったのでしょう。もともとの原因がどちらにあるかは別にして、最終的な原因は私が作ったはずなので、素直に少し離れた席に退散しておきました。そんなこんなで21時頃から参加した忘年会も明日に備えて24時頃には退散。最近自分の酒癖の悪さが気になっていたのですが、焼酎5杯くらいならそんなことも無く無事帰宅。道すがら先月2度も見てしまったあの作品をもう一度見たくなったりならなかったり。

日曜日は凄い風の音で何度か目が覚め、布団の中で台風のような悪い天気を想像して出かけるのを断念しかけたのですが、カーテンを開けるとそこには青空が。外に出ると春を思わせるような暖かさ。こんな日もあるんですね。ということで気分よく撞球へ。
なにやらその日の昼間は25度くらいまで気温が上がったんだとか。気温の話が伝聞調なのはもちろんずっと屋内にいたからで、その成果はというと、金曜の好調が嘘に思えるほどの不調具合で散々な結果。まぁ散々といってもそれなりではあったんですが、費やした時間の割には実がない1日でした。調子に波があるということは明らかに練習不足と言うことですね。どうでも良いことですが。

というわけで、今週末は1度も劇場に足を運ぶこと無く過ごしてしまったわけで、このような雑文が週末まで続く予定です。あしからず。ご容赦を。
あ、そういえば日曜の夜に「神に選ばれし無敵の男」をビデオで見ましたので、これについて少しは何か書くかもしれません。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-05 23:59 | 雑記
あっという間に底をつく
自称、他称を問わず映画好きの人間であれば少なくともその名前ぐらいは聞いたことがあるだろう「ユージュアル・サスペクツ」の続編製作のうわさがある。続けやすい要素をふんだんに含んだ終わり方をしたから、人によってはこのこと自体は別に驚くような事ではないのかもしれないが、私はあきれてしった。

それにしてもあの終わり方はなかなか絶妙だった。サスペンスやスリラーに括られる作品の中にはこの作品の影響を受けたものが多く見受けられる。最近の作品では「ソウ」もこの作品を意識して作られている。もう少し遡れば「フォーンブース」もこの作品を意識していたのではないかと思っている。

既に殆どの映画好きの間では常識のように浸透していることだが、今のハリウッドのネタ切れは深刻だ。それに加えてこのうわさ。ネタ切れもここに極まるといった感じがする。なぜならあの作品の終わり方は続けようとしたそれではない。つまりあの終わり方だからこそ映画全体に、その世界に広がりと深みが生じ、それを狙ったがこそあの終わり方なのだ。だからこそあの作品は評価された。しかし、このうわさの続編ではその深みを全く無視するかのようなタイトルがつけられようとしている。

確かに続編のおかげでさらに世界に深みと広がりと見事な収束を見せた作品は多くある。例えば「猿の惑星」や、そのプロットに酷似している「マトリックス」、さらに昔の作品で言えば「バック・トゥー・ザ・フューチャー」等がそれにあたる。そしてこれらの作品は作ろうと思えばまだいくらでも続編が作れる。そして作ればそれなりに金を稼げることだろう。が、しかし既にこれらの作品は"収束"している。つまり世界が閉じている。「マトリックス」はその終わり方に不満をお持ちの方が多いようだがあれが至上であり、見事に作品を"収束"している。あれ以下はいくらでも作れるが、あれ以上はほぼ無理だと私は思っている。あの終わり方が至上だということは、名作に名を連ねて久しい「猿の惑星」が既に証明してくれていることだと私は思っている。

既に"収束"した作品にそれ以上何かを入れるためにはどこかを切らなくてはいけない。そしてその切れ目は予想外にほころびを生む。そのほころびが続編の中だけでとどまれば良いが大体はもとの作品にまでその影響を広げ、作品全体としての評価を貶める。
「ユージュアル・サスペクツ」は既に世界が閉じている。完全な"収束"を見せている。この作品に続編を作るとしたら、先にも言った様にどこかを切るか、あるいは名前だけ借りた全く別物を作って観客の信頼を裏切るしかない。いずれにしてもある程度金は稼げるだろうがハリウッドがこれからも名作にほころびを作るような行為をや、裏切り行為を繰り返せば、ほころびは"作品"に留まらずハリウッド全体に及ぶ。
そのことに気付いていれば良いのだが、どうも「リメイク権」を買いあさったり、作るべきではない「続きもの」を作ろうとしている今のハリウッドを見ていると、ネタ切れ状態を根本から改善する気が無いとしか思えず、あきれてしまう。

まぁこんなことは過去の財産は使って何ぼの消費主義アメリカから見れば当たり前のことなのかもしれないが、"名作"といわれる財産は、無くなると言われて久しい石油の量より明らかに少ない。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-02 22:11 | 雑記
わずかな貢献も犠牲にせず
「それにしても早くも12月・・・」このような台詞を書いたBlogが本日いくつあったことか。そんなことがふと気になったりしたのも、たぶんにもれず私も今日そんなことを思ったからで、さらに取り立てて書くネタもないのでとりあえずこの台詞で始めてみようなんて、安直に思ってみたりしたからなのです。しかし、書いてみてからこれはあまりに安直と思い直し、少しひねってみようなんて考えたのですが、こんな安直なものをひねれるはずも無く、結局"「」"をつけただけのこのような書き出しに落ち着いたわけです。まぁしかし、よく考えてみればいつもの投稿からして安直でひねりの無いものがほとんどですから、このような平凡なものを書いても実際は一向に構わないわけですね。否、そもそも、これは私にとって"日記"であり、また記憶の補助という役目を負っている、本来的には"日誌"に近い存在のもののはずですから、一向に構わないどころか全く必要とされていないわけです。そんなことを言いつつも最近のここは"日誌"という役目すら果たせないような荒れ果てた状態。何をいつ観て何を考えたかなんてことは探すのもめんどくさいぐらいに散在してしまっているわけで、これでは書かなくても同じではないかと思ったりも。そんな状態を是正するがために設置を考えた"一覧"は、カテゴリを作ってみたもののそれ以降の作業は全く進んでおらず、余計なカテゴリが増えただけで傍から見ればひどく迷惑な状態で放置されております。何とか今年中にはなんとかしてしまわないと2度とさわらなそうなので、いつだか自分に言い聞かせたように"空元気"で自分を励ましつつ、近いうちに片付けてしまうことにします。ただし、この"片付けてしまう"が設置することを意図しているのか、設置しないことを意図しているのかは私にもわかりません。

それにしてもどうせ忘れてしまうことなら書き留めておく"価値"はどこにあるのか。つまり、私が過去の文章を読み返しても、"書いたこと"すら全く思い出せない場合、それは他人が書いたものと変わらないわけで、それなら仮にも"貴重"とされる時間を私がわざわざ費やしてまで書き留めておくことは、私にとって全く"意味"が無いのではなんて考えてしまうわけです。否、別に私の時間が"貴重"で他人様のそれが"貴重でない"などというつもりは全く無く、むしろその逆なのです。つまり、実際私の直筆の文字が並んでいるわけではなく、誰が書いても全く同じ文字で表されるこの文章が私のものであると確信を得るためには、少なくともその文章を"書いたこと"を思い出さなくてはいけないわけで、それが無理であればそれはもう私の文章という確証が無く、従って他人様のそれといっても誰も文句を言わないわけです。ここで視点を他人様に移すなら、これは他人様の"貴重"な時間を費やさないために私が"貴重"な時間を費やして代筆しているということも過言ではなく、つまり私の"貴重"な時間よりも他人様のそれの方が"貴重"であるからこそ私が書いているということになります。だとするなら、ここの文章はくだらなければくだらないほど、価値が無ければ無いほど、他人様の"貴重"な時間を費やさずに私が書く"価値"があるというものです。つまり、一般に有用な情報を書くからこそ"意味"があるこのような"日誌"も、この場合はむしろ不要な情報であるほど、より他人様に貢献できるという点で"価値"があるわけです。よって、今日のような全くひねりも無く、ただ書き始められたような文章は最も歓迎すべきものなのです。まぁ、いずれにしても私にとっての"意味"が無いことに変わりありませんが。

さてこんなばかで、無理やりにもほどがあるほど適当にひねった話はここで止めることにしますが、このばかな話の中にもわずかに1点だけかろうじて着目に値するような発想があるとするなら、一般に自己と他人の決定的な違いとされる"自我"すなわち"脳ミソ"の違いは、自己と他者を区別する決定的なものではないということです。これについて詳しく書くのはひどく面倒で、しかも書いてしまうと、いつもの駄文よりもわずかにではありますが、他人様への貢献を犠牲にする恐れが雀の涙ほどあるため、今日はここで止めることにします。
[PR]
by nothing_but_movie | 2004-12-01 22:53 | 雑記