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無知に鞭を
熱いのは苦手ですよホント。それだけで疲れるので、外には出たくないのですが、悲しいかな、休みは先週末で終わりを告げ今週から再び仕事の日常へ。

久しぶりに、というかほぼ1年ぶりに着たスーツは当たり前ですが思いのほか暑く、自ら苦行を行う僧正のようだなと思ったり、てのはあまりに大げさですが。休み明け月曜の早朝からからいきなり名古屋と大阪に出張し、先ほどやっと帰宅。暑さと移動の疲れがどっと出た感じですね。しかしながら仕事は山積みなので、疲れ果てた無知な脳ミソに鞭を入れつつ片付けようと思うも、はかどらず。

そんなこんなで今週末は、

「Dear Frankie」
「Open Water」
「Star Wars episode3」

の3作品を土曜に鑑賞。いずれもそれなりによい感じ。特にスターウォーズについては一応最後ということになっていますから記念に何か書いておこうとも思うのですが、再開された仕事のペース次第でしょうか。
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by nothing_but_movie | 2005-06-29 00:11 | 雑記
見えない意図の出所
a0008075_1152195.jpg2005/6/18 シネセゾン渋谷


「One Point O」(「1.0 【ワン・ポイント・オー】」)
(2004アメリカ/ルーマニア/アイスランド)


監督・脚本:ジェフ・レンフロー、マーテン・トーソン
出演:ジェレミー・シスト 、デボラ・カーラ・アンガー 、ウド・キア 、ランス・ヘンリクセン 、ユージン・バード



勘の良い人ならかなり早い段階でナノマシンの目的がわかるのでは無いでしょうかね。私はエレベーターでのあの男の台詞で「なるほど」と関心のあまり深々とと頷いたりして、隣にいた連れに変な目で見られてしまいました。それにしてもこの作品、近年ではずば抜けて独創的な着想ではないでしょうか。ナノテクノロジーは近年話題になりつつありますが、同じように話題になっているバイオテクノロジーよりも目に見えないからかどうかは知りませんがあまり映画のネタには用いられていませんでしたが、この作品は上手くナノテクノロジーを恐怖の対象として描いています。そしてまた、その恐怖の仕掛け人がなんとも絶妙ですね。


知らないうちに、他人の思うままに半強制的に操られる恐怖と、気づいていながら逃れられない恐怖。それをこの作品は上手く描いているわけですが、これは何も近未来の話ではなく今もある話。まぁ真偽は定かではないですが「サブリミナル効果」などが比較的この作品の意図する恐怖と近いのでは。そしてそこまで極端ではないにせよ、ある程度既に現代の人間はこの作品で描かれている状況に近いのではないでしょうか。


序盤の無機質な画では尾行者や不穏な音を入れることで無機質な中に"見えない意図"を描くことに成功しており、作品の方向性を上手く明示するとともに、得体の知れない気持ち悪さを感じさせることに成功しています。色使いや描き方は全く違いますが、ソダーバーグの「ソラリス」に通じるものを感じますね。

何よりもこの作品で面白いのはやはりラブシーンの初めに男女が交わす台詞。お互い愛していないのにラブシーンを演じてしまう彼等の姿はハリウッドのお決まりのパターンにあてつけた皮肉そのもの。この作品のテーマを上手くウィットに転化していて笑いそうになりましたが、周囲はそんな様子も無いので噛殺す破目に。話的には全く重要でないにも関わらず、ほとんど必ずラブシーンが入るというハリウッドの定番パターンから逃れられない彼等は、このストーリーの恐怖の正体とはまた別の"意図"に操られているわけで、しかしそれに気付いてもやめることが出来ない彼等の悲しさと、その抵抗の意思をその"意図"の持ち主、すなわちこの定番を築いてきたハリウッドとそれを容認あるいは歓迎してきた私たちに向けて台詞で示したのですから、これは明らかに笑いを狙ったところですよ。あ、どうでもよいですか。


無理に全てを説明しようとしてその懐を全て明かしてしまう作品よりも、しっかりバックグラウンドを構想しつつもそれら全てを描ききらず、切りっ放しのようにデザイン性を意図した未消化部分を、意図的に潔く残したこの作品は非常に好印象ですね。もっと多くの映画館で公開しても良い作品だとは思いますが、これまた渋谷の1館だけでしかもレイトのみと非常にもったいない感じです。とにかくサスペンスというかスリラーでは久しぶりに手放しで褒めれる作品。想像力を掻き立てるというか、余韻を楽しめるというか、「SAW」を見た後に感じる「だから何?」感が無いのは其れなりの主張というか、問題提起がしっかりあるからでしょうね。この監督の次回作に期待ですね。
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by nothing_but_movie | 2005-06-23 01:35 | Movie(O)
蝙蝠は必死に飛ぶ
a0008075_2342136.jpg2005/6/18 VIRGIN TOHO CINEMAS 六本木ヒルズ




「Batman Begins」(「バットマン・ビギンズ」)
(2005アメリカ)



監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン、デヴィッド・S・ゴイヤー
出演:クリスチャン・ベイル 、マイケル・ケイン、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン


お金が普通以上にあるというだけで後は普通のおじさんな男があんな格好して子悪党と戦う様はやはりなんと言ってもナンセンス。有り余る資金力と技術力を活用して、もっと他の方法を模索すればといつも言いたくなってしまったりもするのですが、まぁそうしないところが彼の魅力。そしてまた、彼が他のアメコミヒーローと異なるのは何の特殊能力も持ち得ず、武器と体術だけで戦うヒーローとしてはなんとも地味な点ですが、それもやはり彼の魅力なのです。そんなわけで、彼を語るときに私の口をついて出るのは"弱格好良い"あるいは"ダサ格好良い"そんな言葉だったりします。

もしアクションを期待している人がいたら、この作品の中心にすえられているものは別のものですから見ないほうが良いように思いますね。そもそもただのおじさんなのだから想像すればわかるように格闘シーンなんかは地味なことこの上ない。それを意識してか、それなりに見れるシーンにはなっていますが、意図的にわかりにくく撮っているように感じました。ただ「フォロウィング」「メメント」「インソムニア」でも見られたような印象的な画は随所に見られます。


悪の組織に育てられ、それに反旗を翻し、自分の存在に悩みつつもそれらと戦う彼の姿は、大昔に古本屋で立ち読みした「仮面ライダー」のオリジナルに被る部分があります。しかし仮面ライダーと違うのは彼の場合は表情の一部がその仮面から見えるところ。そのおかげでキャラクターの全体像はクールに仕上げられていなながら、時折"必死さ"が垣間見え彼が生身の人間であることを意識させる。一般のヒーローが人間とヒーローの姿を完全に分離して、つまり生身の部分が無いのに対して彼の場合はそうではなく、そうすることで彼は常に人間を感じさせ、それは間接的に常に人間としての"苦悩"がそこにあることを感じさせる。これまでの作品での彼の描かれ方は時折見せるそんな人間らしい姿とは裏腹に孤独のヒーローそのもの。一般の人とはほとんど言葉を交わさず、どこからともなく現れ、どこともなく消えていく。近寄りがたく"正義のヒーロー"には似つかわしくない影を持ったミステリアスな存在として描かれており、それはギャップを感じさせるとともに、彼の孤独さがことのほか強調されていました。

今回の作品のこれまでとの大きな違いは、積極的に彼の理解者を描いて見せたこと。そしてそれと同時に彼の根源とも言える影の部分もクローズアップし、モノトーンで平面的でミステリアスだった彼のイメージを立体的に彩を与え、より人間らしく描いた点ですね。これにより彼が今まで以上に人間くさくなったのはもちろんのこと、影を感じさせながらも心を開いた正義のヒーローらしい一面を持ち、それでいながら影こそ彼の彼足る所以であるということを明確に示しました。今までありそうでなかったアプローチですね。


常にバタバタと必死に羽を動かしながら何とか飛ぶコウモリの姿は、時にはあっさり負けたり格好の悪い失敗をしながらも、必死に戦って何とか勝つ、そんな彼の姿に良く被ります。コミカルな部分や、シリーズ中では使い古されたようなギャグを織り交ぜつつ、豪華なキャストでBatmanの魅力を余すところなく描ききったこの作品は個人的には非常に良くできていると思いました。
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by nothing_but_movie | 2005-06-21 23:10 | Movie(B)
心待ちではあります
梅雨時にも関わらず、雨の気配すら感じさせない週末というのはある意味異様ではありますが、刹那的な余暇しか持ち合わせないサラリーマンにとっては歓迎するべきことであることは言うまでもありません。

そんな刹那的な今週の余暇の一日を、

「One Point O」
「Batman Begins」

を鑑賞して過ごし、後は来週に迫ったS.W 3に備えて旧三部作のSpecial Editionと新三部作のうち2作を鑑賞。まぁあれです。確かに面白いですが、何度も見るものではないですね。と、言いつつもつい2、3週間前には、インド人の上司に「最後のS.W.(とルーカスが言っている)の公開初日に駆けつけたかった」みたいなことを言ったら、「今時そんなことをU.S.で言ったら変人だと思われますよ」と流暢な日本語で諭されたりしていたのですが。

そんなこんなで本日も仕事には行かず、近くの喫茶店でまったりと。
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by nothing_but_movie | 2005-06-20 12:13 | 雑記
見えない存在。見れない映画。
a0008075_12425432.jpg2005/06/11 ライズX




「BUS174」(「バス174」)
(2002ブラジル)

監督:ジョゼ・パジーリャ



正直これは映画館では基本的にやってはいけない作品ですね。これには理由が二つあります。

まず一つ目は間違っても映画の体裁ではないということ。まるっきりドキュメントというかニュース映像とインタビュー映像そのまま。いくらドキュメンタリーだと分かっていても、大抵はそれなりの"映画"としての作品を求めて映画館に行くわけですからこれはある意味反則的とも言えるのでは。

2つ目はそもそも此処に描かれていることは具体的な数値やなんかには不足があるので鵜呑みにするのは非常に馬鹿のようであまり好ましくないですが、もし偽りが無かったとすればこれは映画館ではなくもっと一般の目に触れる方法で見せる必要がある気がします。そういう意味で映画館でやって満足するべきものではないように思いますね。


まぁというわけで、映画としてはどうにもいただけないのですが中身は凄い。"犯罪による自己の社会への顕在化"という視点は日本ではあまり語られないですが、この視点が適用できる犯罪は日本にも多くあり、非常に的を得ているように思います。何かといえば「親や学校が原因ダ!」あるいはさらに支離滅裂に「ゲームや漫画のせいダ!」、「イヂメのせいだ」等と比較的低く浅い視点で語られることの多い日本社会の"犯罪心理学"といわれるよく分からない学問という名の皮を被った唯の好奇心あるいは野次馬根性とはかなりの隔たりを感じます。今の犯罪抑止のためのシステムの根本にある限界をブラジルという国は体現していて、それを内部から正面を向いて映している点は非常に評価できます。だからこそこの作品は映画では無くテレビ等の所謂マス・メディアが扱い、客観的な数字等を併せてもっとじっくり多くの人が見る環境を作るべきだなと思いますね。


社会の残酷さと今のままでは解決できないシステム的な矛盾と限界、それに伴う悲劇を描いたこの作品は、今の日本では渋谷のたった一つの映画館でしか見ることが出来ない。このことは日本においても彼のような存在には誰も興味が無く、存在を直視している人間がいないということを示しているのかもしれません。つまりこの作品で語られる問題はブラジルだけでなく既に日本にも少なからずあるということで、そうであればこの作品がテレビで放送されず、映画として上映されたことはある意味必然というか、むしろ評価に値するのかもしれません。
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by nothing_but_movie | 2005-06-17 12:42 | Movie(B)
作り笑いの奥に
a0008075_0481736.jpg2005/05/05 シネ・アミューズ イースト/ウエスト


「Whiskey」(「ウィスキー」)
(2004ウルグアイ/アルゼンチン/ドイツ/スペイン)



監督:フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール
脚本:フアン・パブロ・レベージャ、パブロ・ストール、ゴンサロ・デルガド・ガリアーナ
出演:アンドレス・パソス 、ミレージャ・パスクアル 、ホルヘ・ボラーニ 、ダニエル・エンドレール 、アナ・カッツ



小気味良いリズムを作り出しているのは何よりも朝のシーンの繰り返しによるところが非常に大きいとは思うのですが、この作品で意識されているのはやはり左右対称による"対"の強調。"対"は見方を変えれば"繰り返し"の最小単位に他ならないわけで、その"対"は作品中で非常に重要なコンセプトになっているようです。

時折、オリヴェイラを思わせる固定カメラからの比較的長いカットで意図的に作られている左右対称の構図。その対称軸となる物あるいは人はシーンによって異なりますが、"対"となるのは"男と女"、"男と男"あるいは"女と男"であり、その際に"対"になっている人間を強調しているのは言うまでも無いのですが、さらにはその中心にすえられているものもまた必然的に強調されており、これにより台詞が控えめで、そしてまた役柄の年齢に合わせたように控えめな演技、さらに見た目にも少しくたびれた感がして間違っても派手ではないこの作品が、非常に饒舌になり、観衆に彼等の心理を窺わせます。また、構図だけでなく作品全体の展開や、ストーリー自体も"対"という考え方が一貫してあり、それぞれの思い等をその"対"の構造から導けるように構成されているように思います。


この作品は工場主の男とそれにぴったり寄り添うかのように存在する女を描くことから始まります。此処で既に"対"が描かれ始めているわけですが、この"対"は"対称"。つまり同じ属性を持った2人で構成された"対"で、そしてその属性としてふさわしい言葉は"保守的"であり、"不器用"です。次に"兄弟"という"対"をこの作品は描きます。この"対"は"対照"です。つまり兄は"保守的"、"不器用"という属性で、弟は"先進的"あるいは"革新的"で"器用"あるいは"社交的"な属性という全く正反対の属性を持った構成要素で形成されている"対"です。この二つの"対"が合わさり、それぞれの"対"の構成要素が"男と女"、"男と男"、"女と男"のように不安定に交じり合うのです。これは前述の通り構図にも顕著に現れています。この様子はすなわち心の動きそのものともいえますが、これを台詞やあからさまな態度で語らせずに、回りくどく構図そのもので語らせるのは登場人物達の年相応の奥ゆかしさと恥じらいといった回りくどい感情を見事に表現しているといえるでしょう。

物語の最後は"対"の崩壊によって訪れるのですが、いたるところで"対"を強調していたこの作品が全くそれを崩壊させた状態で終わるはずも無く、恐らくは化学で言う酸化還元反応の際の電子の動きに似た結末を迎えたであろうと解釈しています。つまり、もとあった"保守的"な"対"が崩壊し、それを構成していた片割れは新たに"先進的"あるいは"革新的"な"対"の構成要素になったはずで、この展開にすることで"対"の構造が作品全体としてキレイにまとまります。例えば"対"の崩壊で残された男には相手がいませんから、いくらそれまでも繰り返しの毎日だったとはいえ、一人になればそれ以上に変化に乏しくなるのは言うまでも無く、つまりはより"保守的"あるいは"閉塞的"になったと考えることが出来ます。これに対して女のほうは自ら"革新的"、"先進的"に変貌を遂げたわけで、"対照"という"対"の構造が出来上がります。そしてまた男2人の属性が基本的に変わらなかったのに対して女の属性は変化していますからここにも"男と女"と"不変と変化"という"対"構造が出来ます。等など、あげればキリがなさそうなので後はお任せすることにします。また、視点は若干違いますが此処で言った女の逆の属性への変化は、劇中の"逆さ言葉"がその象徴であったように思います。意識せずとも言葉をひっくり返せるこの才能は彼女の願望、つまり自分の性格や生活など、自分を取り巻く環境そのものを逆にしたいという願いの現われだったのかもしれません。


繰り返しの最小単位である"対"はそのものだけでは閉塞的ですが、新たな要素が少しだけ入ることによって、それはいくらでも変化しうる。そんな印象を受ける静かでありながら情熱的な作品。劇中"ウィスキー"という言葉は作り笑いとか偽りとかそういった意味合いで用いられていて、タイトル「ウィスキー」もそのままうわべとか、偽りとかの意味合いで一般には解釈されているようです。確かに作中偽装夫婦を演じているので、そういう意味も含んでいるのでしょうが、それこそ偽りとは言わないまでも作品の本心を隠したうわべの表現に上手くごまかされているような気がします。つまりこのタイトルは熟成してなお味わい深く複雑に変化していく、飲み物としてのそれそのものを、"作り笑い"という意味の裏に表現しているような気がします。まぁいずれにしても、いろんな味わい方が出来る良い作品であることに変わりはありません。こういうよく練られた作品は非常に良いですね。
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by nothing_but_movie | 2005-06-16 00:49 | Movie(W)
気分よく
このところは比較的映画のレビューという名の稚拙な駄文をこれまで無いほどのペースで書けていたりして、ある意味殊勝だなとわれながら感心していたりして。とは言ってももっぱら書いているのは所謂B級映画と称される作品ばかりに偏っているなと、苦笑したり。

本日は季節に見合った梅雨の空模様。風に吹かれながら漂うように降る雨に鬱陶しさを感じつつも蒸し暑さは無く、逆に窓の外に見える雨と同じように頼りなさげに風に揺れる柳の葉とあいまって微妙な風情を感じさせ、こんな梅雨ならまだありかなと、梅雨に対して肯定的な思いを自分の中に初めて見つけたりして。


今週は特に決まった仕事も無く、本来なら滅多に行かない自分の会社でまったり過ごしていればよいのですが、それはそれで暇疲れというか、仕事も無いのに会社で畏まって過ごすのはやたらと疲れるものですから、今日なんかは適当に本等を買い込んで喫茶店で一日過ごしておりました。まぁ小心者ですから当然呼び出されれば直ぐに会社に戻れる場所ではあるのですが。

それにしても最近の喫茶は便利になったものですね。無線LANのサービスがあるところが多く、さらに電源まで使えたりするわけですから環境的には自宅やなんかとほとんど変わらず、イヤホンで耳を塞いでしまえば気が散る要因は自宅にいるときよりも明らかに少なく、調べ物やら読書やらがやたらと快調に進みました。明日も会社に行かず、同じように過ごすつもりです。
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by nothing_but_movie | 2005-06-15 17:27 | 雑記
正しい家族の崩壊の仕方
a0008075_0341266.jpg2005/06/05 シネクイント


「Dead End」(「-less[レス]」)
(2003フランス/アメリカ)


監督・脚本:ジャン=バティスト・アンドレア、ファブリス・カネパ
出演:レイ・ワイズ 、リン・シェイ 、アレクサンドラ・ホールデン 、ミック・ケイン 、ビリー・アッシャー



珍しく気を使ったりするのですが、この作品はオチがわかってしまうと見る気すら起きないくらい古典的な作品で、さらに中盤に若干もたつきもありますが、しかしながらホラーとしては要点をつかんでいて、典型的であるがゆえに見ていて疲れず、また先が読める楽しさというか、あまりにもあえて狙ったとしか言いようの無いべたべたな展開に笑いが漏れ、これまたありがちで使い古されたウィットが作品後半を軽いノリに仕上げており、非常に面白い作品になっていると思いますので未見の方はこの文以降は読まずにぜひ劇場へ。


さて、ナンセンスホラーと一口で言ってしまえばそれまでですが、まぁあれです。ホラーとして見るとかなり控えめなこの作品は比較的万人受けする出来ではないかとも思うのですが、だからこそテレビやなんかでも嫌というほど使い古されたこのてのオチはあえて狙ったとしか言いようがないですね。そんなわけでフザケタ作品ですので必見かと言えばそうでもないような気もしますが、この作品がかもし出すウィットな感覚は非常に好きで、恐らくテレビやなんかでまた見る機会があれば見てしまうだろうなと思っています。


"幸せ"というありもしないものを目指して生きる家族という共同体は崩壊が常である。そんなメッセージが聞こえてきそうなこの作品はある家族の家族史に読み替えると面白い。末っ子はバカでお気楽。薬とマンソンにはまる少し古いかもしれませんが比較的今時で典型的なガキンチョは親の見えないところで、自業自得ともいえる死を迎える。表面的には中むつまじい夫婦も実はお互いに秘密を持っていて、母親は結婚初期に浮気を。それに続くように父親も同様。そんな夫婦は崩壊するのが常。たいていはダメな男から女が逃げる訳です。まぁ女のほうも逃げれば幸せになれるかといえばそうでもないのですが。父親は、"厳格で強い父でありたい"みたいな今時滑稽な思いを持っているようで、最後までその役目を全うするべく意気込みますが、そんなやる気も空回りで、まずはアル中に。これではだめだと違う道を模索するもそんなものはいまさらあるはずも無くもとの道に戻ってくる。最後は白内障になったり、足が不自由になったり散々。良き父親になれなかった男の願いは、少年に退行するか良い爺さんになるくらいしか一般に残っていないのですが、そんな些細な願いもかなわず狂って最後は銃を片手に死地へ赴く。哀れですが憎めない男です。精神科医を目指していて一番まともに見える娘も、子供を身篭っていながら男と別れてシングルマザーになる気満々。一番身勝手でよく分からないキャラなんじゃないかという気もしますが、そんな願いが聞き入れられてか、相手の男はさっさと死んでくれて一件落着。今の世の中は女性がとにかく強い。本気になれば男なんて全くといっていいほど無視して、現実を望みどおりの方向へ変えてしまうといった強さを感じさせます。

といった感じの話しが劇中で展開されるのですが、まぁつまり、別にホラーでなくても実際にありそうなこんな話をホラーにしてしまうこと自体が既にウィット。つまり現実はホラー並みに狂っていて恐ろしいものですよというニュアンスが小気味良い面白さを感じさせます。また、実際には違うようですが、全ての出来事はまともにみえる娘が潜在的に持っていた家族への狂ったイメージとも取れなくも無いところがまた良い。


間違っても名作ではないですし、どう間違ってもイマドキ流行りませんが、つぼを押さえた良い作品で、7、80年代のホラー映画を小ばかにしつつもそれらへの深い愛情を感じさせる作品です。馬鹿馬鹿しくもないがしろに出来ないB級映画として今後何かと話題にしそうです。



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ああ、なるほど。確かに少しこじんまりしてはいますが「マルホランド・ドライブ」ですね。
Buzz++
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by nothing_but_movie | 2005-06-15 00:43 | Movie(D)
妄想を膨らませ、こじつけて
a0008075_0473457.jpg2005/6/12 テアトルタイムズスクエア



「Assassination of Richard Nixon, The」
(「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」)
(2004アメリカ)


監督:ニルス・ミュラー
脚本:ケヴィン・ケネディ 、ニルス・ミュラー
出演:ショーン・ペン 、ナオミ・ワッツ 、ドン・チードル 、ジャック・トンプソン 、マイケル・ウィンコット


なんというか、残念な仕上がりですね。ショーン・ペンの演技は確かに光ってはいましたが、どうにもこの事件への動機付けがあまりに薄っぺらく、ある意味逆恨み的な描かれ方をしていたように思います。まぁ一国の大統領を恨むこと自体、ある程度普通の国で普通に生活している以上逆恨み以外のなにものにもならないとは思うのですが、しかしこの描き方はあまりにひどいなぁと。

描いていること自体は日常的に誰もが少しは抱えているだろう不満であり、ある意味納得できる部分はあります。しかしこれがいきなり大統領暗殺へと結びついてしまうとあまりに滑稽で仕方が無い。所謂ハリウッド的な派手さを中途半端に追った感が否めません。やはりこのような日常的な不満が、このような大それた事件へと発展するためにはそれなりの所謂"狂気"が必要なはずでそれがあまり見えなかったのが話が突拍子も無く、こじ付け的、逆恨み的に見えてしまう原因ではないかと。まぁ何でもかんでも"狂気"のせいにすればそれで良いかといえばそうでは無いですが、「タクシードライバー」あたりはやはりここら辺のつなぎ方が上手かったなぁと思うしだいです。また、最後の決定的な引き金を家族との別離としたところも少し安易ではないかとも。

もしこのような日常的な不満が狂気も無く、大統領暗殺という事件に結びつくというのであれば、それはそれで現代の狂気以外のなにものでもないとは思うのですが、しかしそうであったとしたら、作品中の時代とさほど変わりが無い、あるいはよりひどくなっている、つまりさらに表面化しつつある夫婦の不和、未だに残る人種差別、一時期よりはましになったとは言え、やはりある就業問題、ますます広がりつつある貧富の差、さらにどうしようも無い大統領を抱えている件の国で、同様の事件がおきないことの説明ができないのではないでしょうか。やはりこの作品には何かが足りない、あるいは何かを足しすぎのような気がします。


まぁいずれにしてもこの作品は、現代のほとんどの人間が感じる資本主義の日常に潜む悪と、資本主義の結果としての不平等に、純粋なために人一倍悩む彼を支えてくれる家族がいないことが、このような狂気的な事件を起こした原因として結論し、そしてそういった問題に誰も注目しない現代社会の問題を指摘しています。これはこれでテーマとして聞こえは良いですしありな感じはしますが、繰り返しですが最後に起こした事件がそれまで丁寧に描いていたものとは突拍子も無くかけ離れており、どうにも納得しにくいですね。最後に「事実から発想を得て・・・」と字幕が出ていましたが、もしかしたら大部分がかなり安易な想像だけで、こじつけ的に作られた中身の無い作品なのではという気がしてなりません。ショーン・ペンの演技が良いだけに非常に残念です。
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by nothing_but_movie | 2005-06-14 00:55 | Movie(A)
印象的、対照的
金曜は梅雨のような空模様だった割には、土曜、日曜、本日とそれなりな天気でそれなりに気分の良い入梅最後の週末を謳歌しつつ、これから始まる蒸し暑い季節に早くも疲弊していたりして。

先週は中ごろから若干の休みをもらい、新宿あたりをぷらぷらと。水曜日に歌舞伎町で「ミリオンダラー・・・」を再見した帰り道に折ったか何かして後ろ足をひきづっているネズミがいたのがなんとなく印象的。

その後、懐かしい

「ボーイズ・ドント・クライ」
「マリー・アントワネットの首飾り」

を早稲田松竹で再見。前者はいつ見ても何処となくテンポが悪い感じがします。

木曜、金曜は休みにも関わらず殊勝にも出社したりして土曜、日曜にそれぞれ、

「バス174」
「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」

を鑑賞。映画の体裁を持たない中身のある話と、映画の体裁をとった中身の無い話しといったら極端ですが、そんなある意味似ていて対照的2作品で週末を終えました。
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by nothing_but_movie | 2005-06-13 17:28 | 雑記